□神田書店店長・神田その7
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いやな?基本的にはシャイな方だと思うわけだよ俺って男は。だってよ、女とまともに話したのなんてここんとこのことでは全く思い出せないし、ましてや触ったりとかなんて当然皆無だってのはわかってもらえてるとは思うのだよ、うんうん。
だからな?一口に言えば俺は『女慣れ』なんてしてないまるで天使のような純粋で無垢な存在であって、そんじょそこらのチャラ男どもとは一線を隔す稀少な男だということを踏まえた上でだな…まあ確かに自分でも天使じゃなくて妖精化に片足を突っ込みかけた年であるからして、いつまでもこのままじゃいけないことは理解している、からこそ!そこでお前の出番なのだ秋庭まどかくん!わかっているのかお前はそこのところを!
と、心の中で訴えてはみたものの。

「……っはーー、」

しかしなあなんだかなあ調子が狂うっつーかちょっと俺、変なんだよなー…なんでだ?
車の中であの巨乳を待ちながら、俺は腕を組み深い息を吐く。
だってあの女は俺の壮大なる計画に協力するのを承諾したし、うまい具合にメガネが壊されて(ちなみにスペアは店には置いてないだけで家にはまだある)あの素敵コスをさせることにも成功したし、順調順調ぐふふふふ、と悦に浸っていたはずなのに、セーラー服で巨乳という見事なまでのエロミスマッチングに鼻の穴を膨らませたまではよかったし、我が人生初となる『ちゅー』までできてこれからいろんな『お初』を試していこうとしてたのに…マジでなんでだ?あの女の顔が頭から離れねぇ。

「っ、」

ぶんぶんと首を振る。
あの出るとこ出て引っ込むとこが引っ込んだ身体が俺の目当てのブツなはずなのに、思い浮かぶのはセーラー服の襟元を押し上げるもふもふの乳とか膝上のプリーツスカート(決してミニではない。なぜならば超ミニとかロマンの欠片もないからだ!どーん!)から動けば覗く白い太ももやまるっこい膝小僧ではなく、なんでかあの女の顔ばかり。別にエロい表情なんてしちゃいないしむしろ俺の仕事の説明にも真剣な顔してそれ以外はどっかぼんやりっつーか、そんな読めない表情を浮かべてて、でもモヤシに抱きしめられて慌ててたあの様子と、釣り銭を渡すときに客に触られて眉を顰めたあの時になんか俺の中がこう『ムカっ』だか『イラッ』だかさせられて、それはまどかに対してではなく相手に対してで……なんだかなあ、自分で自分がよくわからない。心ン中で『俺のモノなのに!』ってがーっと熱くなってしまったあの気持ち、あれは本当によくわからない。

「…遅いな」

車の時計を見れば『待ってる』と言ってからもう10分は経っている。いったいなにをもたもたしてやがんだと思いはすれど、やっぱりなぜだか心の中ではあの女を家まで送ればもう明日まで会わないのだから、この待ってる時間だってそれはそれでいいかとかとか…とか…?

「なんっか変だな」

呟いて俺は考える人のごとく顎に手をあて首を捻った。
待たされるのは好きじゃない。俺の貴重な時間を無駄にすんなと言ってやりたい。でも送っていけば明日まで会えない事実にもやっと胸に変な感じ。そして頭に浮かぶのはモヤシから奪い抱きしめた後の真っ赤な顔やらどこぞのスケベ男(俺は違う)に触られて、それが無性にムカついてカルトンを渡した時のあの『ありがと』と俺(だけ)に向けられたはにかんだ笑顔…そうだ、多分そこら辺からだな、自分が変な感じになってることに気づいたのは。
黙って二人でレジにいた。意外ともの覚えがよく飲み込みも早く要領もいいまどかに少し感心してもいた。(俺なりにこっそりと)上から下までそのセーラー女体を舐めるように眺めてたはずなのに、俺はそっからなんでかその女の顔を見ることが妙に恥ずかしいと思ってしまったのだ。頭の中ではセーラーの上から乳を揉んだりスカートの中に手を突っ込んだりと忙しかったのに、現実では会話をしなければと気が焦るのになにを言えばいいのかなんてわからなくて、むしろ女となに話したらいいかなんて経験皆無の俺にとってはなにかの試練としか考えられず、でも頭上にある壁の時計からはチクタクと秒針が動く音が聞こえてて、店内で音楽だってかかってるのにそれしか俺の耳は音を拾わなくてただ時間が過ぎていくのを感じてた。でも『ああもうそろそろこいつあげないと』と思えはすれどもやっぱり、それを言うのがイヤだなってぼんやり心の隅で考えたりもしてて…。
モヤシに呼ばれたあの時、整理した本を台車に乗せるのを手伝わされたあの時、『良い身体してますねまどかさん。抱き心地もよかったですし』とにやにやしながら言われて俺はそこでも焦ってしまった。なんせこのクソモヤシ、とにかく手が早いのを知っている。だから俺が見つけた俺の女体なのに先を越されてなるものか!変だなとかそんなもん考えてる場合ではないぞ俺!と俄然(妙な)闘志が沸いた。しかもこいつと兄弟とかまっぴら御免だ俺は繊細なのだよむふーん!(鼻息)となったのだ。
こりゃ早々に手に入れないといけないとマズいだろうな。そう考えながら顎に手を添えたまま力一杯ふんふん頷くと重たいメガネがちょっと下がる。なのでブリッジを押し上げようとしつつついでにレンズを拭こうかと思い立ち(最近使ってなかったスペアだし)、外してメガネ拭きを出そうとダッシュボードを開けるため、助手席側に手を伸ばした時だった。

「お待たせし…、」

ガチャ、と助手席の扉が開く音と共にどこからともなく漂ういい匂い。けど言いかけた言葉は飲み込まれ俺を見て絶句してる気配(メガネないからよく見えない)がして、なんだ?と目を凝らすように眉間に皺を寄せればバタン!と勢いよくまた閉まる扉…おいおい、なにがしたいんだ秋庭まどか。
以前もあったような挙動不審の女によって益々俺の眉間は皺が寄り(今度はよく見えないからじゃなく)、「なにしてんだ?」と思いつつそのまま手を伸ばして一度は開いた助手席側のドアを俺が開けばゴツ、なんて鈍い音と「いたっ」と短い声がした。

「ったー…たたたたた…」

身を乗り出して見れば車の横に頭を抱えて蹲る女がいる。もしかしてぶつけた?と少し慌てて俺は車を降りてそっち側へ回ると、女は近づいた俺を見てうずくまった状態のまま後ずさり、んで今度は、

ゴン、

「んぎゃっ」

…後頭部を開いたドアにぶつけたらしい。アホだ。
視界不良中で見えなくてもそれくらいわかる。そしてこの女が結構間抜けだというのもわかった。

「…にやってんだよ」

呆れたような心持ちになりつつ俺も一緒にしゃがみ込んだ。右手は額を、左手は後頭部を撫でている女の手、ああそこをぶつけたんだなとその右手を何の気なしに取り見てみれば、良かった、どうやらぶつけただけで血は出ていなくてほっとして、「たいしたことねぇよ」と言おうとその顔を見て…固まる。

「……」

キスしたい。
むっしょーに、キスしたい。そう思った。
だって見た顔はメガネなしでもわかるくらい真っ赤で瞳には涙が滲んでて、それがすげーかわいくてかわいくてかわいくてかわいくてか、わ、い、く、て!
女ってこんなにかわいいと感じるもんなのか?なんだなんだ、なんなんだこの胸がかちかちいうような気持ちは…!


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