□神田書店店長・神田その8
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「おつかれさまです。帰りには送り狼にご注意くださいね?」

神田書店就職一日目。こっぱずかしいセーラーコスから解放され、自分の服に着替えてやっと一息どわっと襲われた疲労感を『お疲れ!私!』と労って、事務所の裏口から出る前に店内にいるアレンくんに挨拶をしに行った時だった。
『送り狼』、そうそれは神田書店店長神田ユウを指してるとすぐにわかったけど、え?え?なにもしかしてあのエロ店長なんか企んでたりするわけですか?と、とっさに脳裡を過る不安要素が顔に出た私に対し、アレンくんはにたにたにたりと意味深な(むしろ怖い)笑みもプラスする。

「ああでも『狼』なんてかっこいいものではないですね。あんなエロおたく頭の中は妄想だけで現実の女性を誘うことなんてまとも出来るとも思えませんが…まどかさんもそう思いませんか?」

「…知りません」

レジ台に頬杖ついて私を見つめる細めたその瞳は心底楽しそう。こいつ絶対ドS、そんな匂いをぷんぷんに振りまいて、「あのですね」と続ける言葉に私が早く帰りたい雰囲気を漂わせても当然スルー。

「神田、あの男は別に今までモテなかったわけじゃないんです」

「…は?」

そしてそんなアレンくんが口を開けば内容の意図が読めなかった。てか誰もそんなこと聞いちゃいないし聞きたくもないんだけど、と言いかけて、けどなんだかにこやかになにかを含んだそのアレンくんの胡散臭い笑顔が妙に引っかかる。もっともあの瓶底メガネの怪しい男がモテるとも思えなくてそのマジカルな理由に興味もたって。

「あの男、むっつりだけど顔はメガネ外せばまあ見れるでしょ?だから隠れファンというか…マニア?…うん、こっちの方がしっくりきますね、まあそんなのがいてですね、けどやっぱり10代の頃って一般的に誰から見てもかっこいい人や面白い人がわかりやすくモテるもんじゃないですか。だからあんまり大っぴらにはなりませんでしたし、女の子達も神田が好きとか…あのメガネじゃあねえ…言えなかったんでしょうね」

ま、神田の自覚はなかったようですし告白するような勇者もいませんでしたから。そう言ってにっこりにっこりなんかこの人裏がありそう、そんな雰囲気に気圧されて若干身体を引きつつもちょっと胸の中、膜みたいなのが張った気がする。それがなんだって言うのよ私には関係ないし、って思ったのにあんまり聞きたい話じゃなかったな、とも思ってて、寂しいような変な感じがする。モテるんならその女とヤりゃいーじゃん、連れてこいよその女、とわざわざ教えてきたアレンくんに言ってやりたくもなった。

「…で、結局なにがいいたいんですか」

なんとなーく悪くなった気分のままそう聞くと、「まああの男のことをまどかはまだあまり知らないでしょうからご参考までに」なんてしれっと言われ、これって親切心からなのかしら?…と、思うはずもない。むしろいったいなにを企んでいやがるんだと私は引き攣る笑いを浮かべつつ、「ああそうですかそりゃどうも」と言いたくもない礼を述べ、若干釈然としない感情を胸にあのエロ店長の待つ裏口へと向かったのだが。

なぜメガネをしていない!?

待たせた自覚はさすがにあった。だから急いで「お待たせしました」助手席のドアを開けた。するとそこには身を乗り出すようにした店長がメガネもせずに(あのメガネは店長の代名詞なはずなのに!)いて、街灯に照らされた端正過ぎるおかおが、おかおがそこに…!

…バタン

とりあえずドアを閉めた。そんで突然の目の保養に(だってメガネない)私の力は全て奪われたようになって、抜けてく力は「はあああ」と空気と一緒に出ていくついでにその場にしゃがんでしまう。

び、びっくりした。心の準備なしであのおかおは結構心臓に悪い。だってまともにしてたらマジでかっこいいんだよ?中身を知ってても胸がどきどきしちゃうんだよ?…いや中身、大事だけども!
もう頭の中では可も不可も入り交じり私は結局なにがしたいんだ!目を覚ませ!と頭を振った時、ゴインと額にぶつかる衝撃に思わず息が止まった。

「いたっ、ったー…たたたた」

うう…痛い。これ絶対目から火花出た。なんなのなんなのなんなのよ!私がいったいなんの悪いことしたってのよ!今日だってあんなコスプレ紛いのかっこまでさせられても仕事頑張ったのにこの仕打ちはあんまりじゃないか?誉めてほしいくらいなのになんでこんな痛い目に遭わなきゃならない?…くっそぅ、いろいろ痛すぎて涙まで出てきちゃうじゃないか。
自分の境遇が不憫すぎる。確かにメガネない店長はイケメンだけどそのイケメンは変態エロマニアだとかその趣味だけでも泣けてくるってゆうのに、しかもそのマニアに目を付けられて脱☆チェリーのお手伝いをなぜか流れで了承してしまったと思うと…早く帰りたいなぁ…と、思うこと十数秒、なんだか周囲が暗くなったと見上げれば、そこには街灯を背に私の顔を覗きこむ店長の姿が。

ゴン

「んぎゃっ」

「…にやってんだよ」

後退り開いたままのドアにしこたま今度は後頭部をぶつけた私に、呆れたような店長の声が追い討ちをかけた。ほんとついてないとやっぱり涙が出ちゃう…だって女の子だもん。いやいや間抜けな自分にってのが一番だけどもねと、蹲ったままぶつけた額と後頭部をさすっていれば、立っていた店長が前にしゃがんでそっと手を伸ばしてきた。
そうして私の手をどけてぶつけたとこ、心配してるような風情で真面目に確認してくれててなんか、優しい?んで確認したらほっとしたみたいに口許を緩める表情がなんか…か、かかかかかっこいい!とか言いたくないのに!
眉間に皺を寄せつつ『しょうがねぇなぁお前』、みたいな苦笑い。それがやっぱりこうあんまりにもか、か、…うん!夜だからね!きっと暗いからね!かっこよさが3割増くらいに見えてるんだよ!だってこの男の主成分はきっとえろいことばかりだろーし、えーっとその主成分の8割がえろなら増した3割足しても実はこの5割しかかっこよくない計算になるわけだし、だからだから、顔が熱いとかはぶつけたとこの痛みが顔にきてるだけだしー!!(混乱中)

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