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□王(俺)様と私
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やばい、死ぬほどやばい。むしろ殺されるかもしれない。

あまり使われていない広いキッチン。使われていないというか使っていないともいえるのだが。
その中央の大きな調理台に手のひらを着いて、ショックのあまり倒れそうな身体を支える。

「…ジェリーの店が休みだなんて、何て事」

いやホントは知ってたんだけど…忘れてた。
やばいです、非常にやばいです。だってあの方はジェリーの店から配達されるご飯しか食べません。なのにジェリーの店は慰安旅行だか何だか知りませんが、

「有り得ないです。一週間も…」

あ、眩暈がする。

よよよと崩れるように調理台へと顔を伏せると、ジリリとベルの音。

「っ!」

くわっと身体を起こす。
急いでダッシュで走り出す。
あの方は気が短い、あの方は短気だ、って意味同じじゃん!と自主ツッコミをしながら、たどり着くは一際大きく重厚なオークで出来た扉。
息を整える。この屋敷に来て既に5年。日々のダッシュで私の体力はさぞ上昇した事だろう、もう乱れた呼吸も収まった。

コンコン、コンコン

ノックは4回、2回叩いて半拍休んでもう2回。

「失礼いたっ」

失礼いたします、と言い切る前に、ボスンと投げつけられたのは大きな枕。

「…遅い」

俺が呼んだらすぐに来い、こののろま。

朝の逆光の中、ほっそりしたシルエットが浮かぶ。

「…も、申し訳……んきゃっ」

また最後まで言えずにボスン、と二つ目の枕が下げた頭にぶつかってきた。

「あの〜、坊ちゃん、」

「坊ちゃん言うなつってんだろ?」

光を集めたような瞳が私を睨む。うわやべ、また地雷踏んだ、とビクつきながら落ちた2つの枕を汚れ(といってもこの部屋はとても綺麗だが)を払い、形を整えて元在るべき場所、ベッドの上へと戻そうとすると、「おいこら」とツカツカと長い脚であっという間に私の方へとやって来る。

「テメェどういう料簡だ」

ああん?と眼光鋭くまた睨まれた。もうヤ○ザもびっくりなその睨みに私は内心ひぇーと恐れおののくが、表面上は態度を変えず、「何がですか?」と首を傾げる。

「お前な、」

漆黒の真っ直ぐな髪がさらりと揺れる。長身の上から私を見下ろす端正な顔。かなりの美形、なのに、

「床に落ちたもんをベッドに戻そうとすんじゃねぇよ!このバカ女!」

…めちゃくちゃ口悪い。

「申し訳ありま…いたっ」

ごちん、と三度目今度は拳骨。

「テメェは何年うちのメイドやってんだ!そのメイド服は何だ!?コスプレか!?」

「ぷっ、コスプレって…あだだだだ」

「わ、ら、って、ん、じゃ、ねぇよ!」

両頬を思いっきり抓り上げられ私の声も上がる。

「…朝っぱらから俺を疲れさせんじゃねぇよ、このバカ女」

溜め息を漏らす声も憂いを帯びたようないい声なのだが…いかんせん、内容が、かなりその…自己中心的というか何というか。うん、俺様?

「もういい、腹減った」

「……」

予測はついていた。
いつもの時間だ。そう、いつもの朝食タイム…何ですが!

「?」

不思議そうに私を見つめる視線が痛い。そりゃもう針のムシロってこの事ですね、ははは。

「…あの〜坊ちゃ、あ、いやユウ様」

「ああん?その名でも呼ぶなって言ってんだろ!」

「すすすいませんご主人様!」

もう名前で呼ぶのは諦める。
いつも色々呼んではみるが、このお方はいつも文句を言われるから。だからいつも違う呼び方で呼んでいて、その時その時の機嫌によって怒られたり怒られなかったり。うん、今日は「ご主人様」でOKらしい。
内心ぐっと親指を立てたが、肝心な事を思い出してまたビビる。言うのヤダなあでも言わないと結局恐ろしい事になるのも必至。以前嘘ついた時は剣道の的(防具なし、死ぬかと思った)。その前は5時間正座(はしゃぎすぎた修学旅行生みたいだ)。またその前は青汁一気に2リットル(罰ゲームか?)、またまたその前は…

「…おい」

俺のメシはどうなってんだ?

腕を組み指がイライラとその組んだ腕を叩いてる。そのあからさまな苛立った雰囲気にハッと我に返り、こうなれば先手必勝とばかりにがばりと土下座する私。
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