カレーの神様

□カレーの神様 2皿目
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お父さんが死んで、私は不思議と泣きませんでした。
悲しくないわけではもちろんありません。
ただ働き詰めだったお父さんと、すれ違いで会えない日がしょっちゅうだったので、今もそんな気持ちでいるのかもしれません。




ご飯ができました。




何故かうちで神田先輩とカレーを食べている今の状況は、イマイチ現実味がない。

「…辛い」

「うちはいつもこの辛さです。」

勝手に人の家で、勝手に文句をつける先輩に私は水を出した。
どんだけ甘いカレーが好きなんだこの人は。
やはり勝手に先に食べ始めている先輩に怒る気も失せる。
台所に行きもう一皿少な目に盛って仏間へ向かう。チーンと鐘を鳴らしてカレーとスプーンを供え、手を軽く合わせてから私も居間へと戻った。

「カレーを供えてんのか?」

先輩は眉間に皺を寄せたまま空っぽの皿を渡してきた。
おかわりですか。遠慮しない人だなぁ。

「父が好きだったから」

皿を受け取りながら言うと、先輩が固まった。あの、お皿離して欲しいんですけど。

「…亡くなったのか?」

いつ?

よっぽど驚いたのか眉間の皺が取れた先輩が私を凝視した。

「一週間位前です。」

「何故」

「仕事中の、事故で」

お皿を引っ張り立ち上がる。また台所に行き、今度は多めに盛り付けた。
カレーをお父さんがいた時の、いつも通りの量で作ってしまっていたので、食べてくれるのは正直ありがたくはある。
居間に行くとまた先輩は眉間に皺を寄せていた。

「お前んちって、父親と二人暮らしじゃなかったか?」

大盛のカレーを受け取りながら聞いてきた。

「そうですけど、何で知ってるんですか?」

「以前リナリーが言ってた。」

ああそうか。
でもお父さんが死んだのは知らなかったようだ。
私もカレーに手をつけて、しばらく二人、黙々とカレーを食べていると不意に先輩が口を開く。

「辛い。けど、…旨いな。」

「……」

泣きそうになった。
その言葉に私の『うち』の味を、お父さんが美味しいと言ってくれた味を、誉められた気がして。
スプーンを持つ手が止まる。口の中のカレーの味を感じなくなった。
泣きそうな気持ちをやり過ごそうとぐっと唇を噛み締める。

「…おかわり」

また差し出される皿。無言で受け取り台所へと行って私は上を見上げた。俯くと涙が落ちそうだったから。
…そう言えば、そんな歌があったなぁ。
その歌の歌詞を頭で描くと、ぽろりと頬を温かく伝って、慌てて拳で拭う。流しの蛇口を捻り手を濡らして瞼をこすり、またカレーを盛る。

「…どうぞ」

トンっとテーブルの上に置き、私もまた食べ始めるが、あまり味がしない。お腹が空いていた筈なのに、美味しいと感じる事ができず、一皿食べるのに苦労する。
先輩もさすがにお腹いっぱいになったのか、次のおかわりはなかった。

「お皿、片付けますね。」

二枚のお皿を重ね台所へ行きお湯を沸かしながら流しで洗う。
二人分のお皿。もうこうして洗う事は殆ど無いだろう。
そう思うと、また鼻の奥がツンとした。
お葬式の時だって泣かなかったのに、どうして今更泣けてくるんだろう。
一人の時ならこのまま泣いてしまえばいい。でも今は神田先輩が居間にいる。
ぐっとこらえてまた涙をやり過ごしながら、私は先輩の為にお茶を淹れた。

「粗茶ですが」

泣きそうな気持ちを誤魔化すようにおどけてお茶を差し出すと、先輩はしばらく私の顔をじっと見て、それから湯のみを受け取った。

「お前、これからどうするんだ?学校とか」

ゆっくりとお茶をのみながら、私を見つめている。
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