カレーの神様
□カレーの神様 4皿目
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お父さんが死んでから、お父さんのために涙をまだ流してません。だけど呆然としていた気持ちが、昨夜から、やっと追い付いてきた気がします。優しくて、いつも笑顔で私の為に頑張って働いてきたお父さん。もう一緒にカレーを食べる事ができません。その事実を今更ながらに実感して、泣いてしまいそうなんです。お父さんと私の為にも、泣いてしまいたいんです。なのに。
…なのに何であなたがいるんですか。
困ったことになりました。
リナリーが降りた次の駅。改札を抜けて家に戻ると、ポストに入っているはずの鍵がなかった。
まさか、持っていっちゃったのかな。
困ったなと思いつつ、開いている所はないかと庭へと回ると、何故か上半身裸で竹刀を振る神田先輩が、いた。
後ろ姿、斜め45度。
盛り上がった上腕と筋張った腕。振り上げる度に規則正しく動く肩甲骨。一心不乱に前を見据える強い瞳。いつからやってるのか、その身体に流れ落ちる汗が、夕陽に照らされてオレンジ色に染まっていた。
何か、この人がモテるの、わかる気がするなぁ。
しみじみと見とれてハッと我に返る。
「って、違うだろ!」
ツッコミが思わず口をついて出た。しかし先輩はそれが聞こえていただろうにも関わらず、素振りを続けている。
もう、何なんだこの人。と言うか、何故まだうちにいる?
最早溜息しか出ない。
「あの、神田先輩」
「…500」
私の声と先輩の声が重なったかと思うと、ゆっくりと深呼吸をして竹刀を下ろし、やっと私の方に顔を向けた。
「鍛錬中に話しかけんな」
ギロリと眼光鋭く睨みつけられる。
「あ、ご、ごめんなさい…」
あれ、何で謝ってるんだ私。おかしいだろ、この状況。
睨まれて、反射的に謝ってしまった私は気を取り直して口を開いた。
「何でここにいるんですか」
「ああ?素振りする為に決まってんだろ」
家ん中じゃできねぇし。
お前バカか?という感じの視線を投げて寄越された。
いえ、バカはあなたです。
「私が言いたいのは、何で、私の家に、いるのかという事です!
しかも鍵はどうしたんですか!」
わかりやすく区切って言うと、先輩はやっと合点がいったように頷いた。
「ああ、その事か」
その事って…だからさっきからそう言ってるんですけど。
先輩は縁側に勝手に置いてあるタオルを取り、その汗を拭っている。
「鍵は家の中だ。」
「は」
「玄関開いてただろ?」
「え」
回れ右をして玄関に戻りドアノブを廻すと開いた。
そういえば確かに確認しなかったけど、まさかまだ神田先輩がいるとは思わないじゃないか。
そのまま家に上がると居間のテーブルの上にうちの鍵。
「あっただろ」
「ひっ」
いつの間にかきた先輩が、私の後ろから声をかける。多分縁側から入ったのだろう。
驚いて振り返ると神田先輩の裸の上半身とぶつかった。その固い胸筋に。
かーっと顔に血が上る。
「なっ、何か服着て下さいよ!」
「ああ?あちぃんだよ」
首にかけたタオルでまたその汗を拭いている。目のやり場に困り、また背中を向けた私に先輩が動く気配がした。
「…何だよ、男の裸、見た事ないのか?」
私の横髪をその指ですくい、ワザと私の耳元で囁かれた。くくっと笑い声も。
からかわれてる。すぐにわかった。
「暑いんならお風呂でも何でも、早く汗を流して来て下さい!」
お風呂を指差して顔を見ずに言うと、先輩が離れた。
「…そうする」
そう言って先輩は居間を出て行った。
私は脱力して座り込む。
もう、何でこんな……ってお風呂!?
ああああ私何言っちゃってんの!?これじゃ家にいるの了承してるみたいじゃない!
自分の失言に思わず頭を抱える。