カレーの神様

□カレーの神様 7皿目
1ページ/2ページ

お父さん、いつもちゃんとしたご飯を作れなくてごめんなさい。無理しなくていいと云う、お父さんの優しさに甘えて、キチンと料理を勉強しなかった事が、今更になって悔やまれます。もっと勉強して、もっと美味しいものを食べさせてあげれば良かったと、後悔しています。今はもう、遅いのですが。






火傷しました。






さっきから無言で私達は天ぷら蕎麦を食べている。
神田先輩の作ってくれた天ぷら蕎麦は、美味しい、でもこの空気は、まずい。

「あの〜、さっきから何を怒ってるんですか?」

思い切って聞いてみると、先輩は食べていた蕎麦から視線を私に向け、その後盛大な溜息をついた。何かヤな感じ。

「怒ってんじゃねぇよ、呆れてんだ」

そう言ってずずっとまた蕎麦を啜る。

「基本的にお前、料理しないだろ」

「……そんな事ないですよ?」

「今の間は何だ」

「いやいや、お気になさらず。お蕎麦おいしいですね。」

いや、ホントに。
特にこのつゆが本当においしいのだ、実際。天ぷらもさくさくして、やはり出来てるものを買うより何倍もうまい。
思わず笑みがこぼれる私を、先輩は複雑そうな表情で見ている。

「全く、お前は本当に…」

また溜息を一つついて先輩もまた食べ出した。
何か笑っちゃったから気持ち悪がられたかも。でもおいしいものって嬉しいよね。笑っちゃうよね。先輩は違うのかなぁ。ああでも、私がもし一人で食べていたら、どうだろう。一人なら、どんなにおいしくても、笑わないかもしれないな。今は一人じゃないから…。
そこまで考えて、箸が止まる。
そっか、私いつも夕御飯、一人で食べる事、多かったもんな。お父さん帰ってくるの、いつも遅かったから。
瞼の裏が熱くなる。ヤバい、まただ。もう、大人しくしてて下さい、私の涙腺。
瞬きを数回、頭の中では全く違う事を考えようと、昼間した勉強の内容を必死で思い出す。

「えみる、お茶」

感情を立て直そうとしている私に、いつの間にか蕎麦を食べ終えた先輩が要求してきた。その声に、私はふっと力が抜ける。

「もう、お茶位自分で入れて下さいよ」

口ではそう言いながらも立ち上がる。

「テメェはお茶汲みかカレーを作る位しか出来ねぇんだろ?」

ニヤリと笑うその顔がムカつく。だが先程の失敗を考えると反論も出来ない。
お湯を沸かしている間湯のみを出そうとした時、さっき先輩が使い、洗って置いたままのお父さんの大ぶりの湯のみが目に入る。
…これでいいか。
それを手に取り並んで置いてある自分の湯のみも。一緒にお茶を入れておけば、食べ終わった頃に飲み頃になっているだろうという猫舌計算。
それにしても先輩って、いつも何だかタイミング良く声をかけてくる気がする。しかも決まって私が泣きそうになっている時だ。それにやっぱり誰かいるのって、いいのかな。気持ちが落ち着く。もちろんお父さんと重ねて悲しくなる時もあるけれど。
湧いたお湯でお茶を注ぎ、居間へと戻る。

湯のみを先輩と私の前に置き、またお蕎麦の続きを食べ始めると、ちょうど良くさめていた。
うん、おいしい。
お蕎麦とお茶の湯気の向こうに誰かいる。それだけでもほっこりとした気持ちになる。例えその誰かが自分勝手な神田先輩でも。

「お前んちが揚げ物禁止な意味がわかった」

ほっこり気分を台無しにするような先輩の言葉が、湯気の向こうから聞こえた。

「お前は料理に対しての繊細さが足りん」

ぐぐっと眉間に皺を寄せて睨まれる。

「…悪かったですね、繊細さが足りなくて」

そう言う先輩は、人に対して繊細さが足りないですよね。
残ったお蕎麦を食べ終わり、手を合わせてごちそうさま。

「お蕎麦、おいしかったです。」

そう言って笑うと、先輩はふいっと目を逸らした。
あれ、何か変な事言った?

「テメェはホントに…」

そこまで言って言葉が止まる。何だろうと先輩を見ると、苦笑して私の火傷した手の甲に触れた。

「…大丈夫か?」

じんわりと触れられた温度に、またひりひりと手の甲が熱くなる。

「だ、大丈夫です!」

熱が上がりそうなその行動に、とっさにその手を引いて立ち上がった。

「洗い物、私がしますね」

誤魔化すように先輩と私の食べ終わった食器を取り、逃げるように台所へと行く。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ