カレーの神様

□カレーの神様 8皿目
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お父さんに会いたかった。話したかった。一緒にご飯食べて、一緒にテレビを見て、一緒に泣いて、一緒に怒って、一緒に笑って。そんな普通の事でいいのです。でもそんな事すらあまり出来ませんでした。だからこそ、貴重な時間でした。二度と戻らない、大切な、時間でした。





泣いてしまいました。






小さな電灯の暖かなオレンジ色の灯りが、私と神田先輩を照らす。
ソファーの上に座る先輩の足の間、まるで小さな子供のように抱っこされて私は居た。

「うっ…ひっく、ふぇ」

堰を切ってしまった涙を私は止められないでいる。先輩はただ黙って、そんな私を優しく抱きしめながら、背中をゆっくり上下にさする。
あったかい。あったかいのは悲しくなる。火傷のようにひりひりと、心が痛くて苦しくて。
聴こえる音は私の嗚咽。あとは空気に伝わるような私の震え。
最後にお父さんに会ったのはいつだったか。ゆっくり会話出来ないまでも、言葉を交わしたのはいつだったか、何故だか思い出せない。
お父さんは工事現場で警備の仕事中、居眠り運転のトラックに跳ねられた。遺体の損傷が激しく、見ない方がいいと止められたが、今はそれでも見ておけば良かったと思う。それが例えどんな状態でも。

「ふぇ…お父、さん」

その呼び方を久しぶりに口にする。すると余計に苦しくなって、ぎゅうっと身体が固くなる。
先輩はその固い身体を解すように、とん、とん、と背中をゆったりと叩いてくれた。
思わずその白いシャツに縋りつくと、今度はきゅっと私を抱きしめる。

「…お前は、我慢し過ぎだ」

いつも泣きそうな面しやがって。

神田先輩の匂い。懐かしい石鹸の匂い。お日様と家族の匂い。
お母さんが死んでから、お父さんと2人で暮らしてきた。あまり一緒に出掛けたりした記憶もないけれど、それでも私は寂しくなかった。いつも私の傍には頑張ってるお父さんがいたから。だけどそのお父さんも今は、いない。
ずっと泣かなかった、泣けなかった。実感が湧かなかった。それが神田先輩と住む事で、何故かお父さんの不在を痛切に感じる。
いつも一緒に居られた訳じゃない。それどころか会えない日々もあった。だけど私は平気だったのだ。
居ても会わないのと、もう会えないのとは、こんなにも、違う。
そう、今更ながら理解する。
…もう会えないなんて、寂しいよ、お父さん。
私は一人になってしまった。
後から後から湧く涙は止まらない。
廻されていた腕が少し緩む。先輩が優しく頭を撫でる。

「大丈夫だ、一人じゃねぇよ。」

お前には、リナリーだってコムイだって、…俺も、いるじゃねぇか。

まるで私の思いを読んだように伝えてくるその優しさに、身体中の水分が全て抜けてしまうんじゃないかと思う位、泣いた。




ゆらゆらと、揺れる身体。浮遊感にふと意識がうっすらと戻る。
そしてゆっくりと身体が下ろされて、柔らかい温もりが私を包む。
ああ、私、泣いたまま寝ちゃったんだ。
そう感じても、重くなった瞼は開かない。
また少しずつ沈んでいく意識の中、私の唇に、暖かく優しい何かが触れた、気がした。




目を醒ますと、隣には神田先輩がいた。
…睫長いなぁ。
一緒に横になっている先輩の長い髪が、頬に当たってくすぐったい。
…髪も、すごい綺麗。
先輩がモテるのわかるよ、だってすごいかっこいいもん。
頭を少し動かすと、その頭の下には神田先輩の腕。
男の人の腕だなぁとその腕を撫でると、ごつごつとして…ごつごつ?
えっ、神田先輩!?

「!?」

いきなり覚醒して、ガバッと上体を起こした。
なな、何で神田先輩がここに!?何が起こればこんな事に!?
あまりの混乱に、頭を振るとこめかみが鈍く痛い。
くっ、昨日泣きすぎたせいか頭が重いよ。
痛むこめかみを指で押すと、少し痛みが和らいだ。
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