カレーの神様

□カレーの神様 17皿目
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私の知っているお父さんはいつも誠実で、お母さんが生きている時は一生懸命看護して、お母さんが死んだ後は一生懸命働いてました。そんなお父さんが大好きでそして尊敬してもいました。そんな身近に素敵な男の人がいたのに、何故私はあの人を好きになってしまったんでしょうか。






好きなんです。






「いい加減に帰ったら?」

「ごめん、迷惑だよね」

「別に迷惑ってわけじゃなくて、逃げるなって言いたいの!」

私に焼きたてのスコーンを出しながら、リナリーは苛々している。
私はまだあったかくてふかふかしているスコーンを一つ取り、一緒に置いてあるクロテッドクリームをたっぷりとつけた。

「ああおいしい。幸せ〜」

にんまりとする私の横に腰掛けて、リナリーは溜息をつく。

「…すごい怒ってたわよ、神田」

神田、その単語に二口目と大きく開いた口が止まる。

ラビ先輩が帰り、全く授業を受ける気がなくなった私の行動は、我ながら速かったと思う。
体育で誰もいない教室に戻り、リナリーにメールを送り、裏門からこっそりとまず家に帰った後、必要な荷物だけ持ってリナリーの家に向かった。
神田先輩に対しての気持ちを整理する時間が欲しかったのだ。

「さっき先輩にはリナリーんちでテスト勉強するってメールしたもん」

ぱくっと止まっていた口を動かす。うまい。焼きたてのスコーン、最高。

「早退までして?」

リナリーの咎めるような視線がちくちく刺さる。
無言で黙々とスコーンを頬張る私に、今度は諦めたような二度目の溜息が聞こえた。

「ラビと何を話したか知らないけど、逃げちゃダメよ?」

これ新作、カシスのジャム。食べてみて。

少し柔らかくなった口調で、可愛らしいガラスの器に入った赤紫色のジャムを寄越してきた。

「うわ、綺麗!おいしそう!」

早速手を伸ばす私に苦笑しながら、リナリーは紅茶のおかわりを取りに席を立って行った。

「……」

リナリーがいなくなった途端に涙が盛り上がる。
泣かない、泣いたりしたくない。
唇を噛み締める。
神田先輩が女の人にいい加減なのは知っていた。わかっていた事だから仕方ない。だけど『あの人』に関しては胸の灼けるような痛みを覚える。
…まだ、好きなんだろうか。『あの人』の事。
今更ながら好きだと言われていない事が、こんなにも私を不安定にさせる。
これが嫉妬ってヤツなのかな。
泣きたくて苦しい気持ちを抑えるかのように、ふ、と息をついた。
神田先輩が探した『あの人』。神田先輩を変えた『あの人』。
まだ先輩の中にはいるのかもしれない。
ふと私の部屋でラビ先輩が『あの人』の事を言った時の、神田先輩の背中を思い出す。
一瞬だったけど、震えてた。

「あ〜あ」

溜息と共に声を出す。
私っていつの間にこんなに神田先輩の事好きになっちゃったんだろ。
苦しいなぁ、切ないなぁ、こんな気持ちになるなんて。
ぐいっと滲んでしまった涙を制服の裾で拭った時、ちょうどリナリーが紅茶を持って戻ってきた。

「兄さんのお土産で、おいしいアッサムがあるの。スコーンに合わせてミルクティにしたわ」

「わ〜い!」

良い香りがして私は急かされるように口をつけた。

「あちっ」

「やだ、大丈夫?」

リナリーが心配そうに私の顔を覗き込む。

「だ、大丈夫、大丈夫」

う、猫舌なの忘れてた。
口内で舌をなぞる。
そう言えば、初めて神田先輩がうちでカレー食べた時も、お茶で火傷したなぁ。
…先輩、私、全然成長してないよ。
火傷する度に怒られた。そのくせ心配そうな顔してさ。
また、瞳が潤む。

「えみる?」

動きの止まってしまった私に、リナリーはまた心配そうに見つめる。

「あ、うん、やっぱりちょっと火傷しちゃったみたい」

えへへと誤魔化すように笑った。
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