月のかげする水
□月のかげする水 第5壊
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月のない暗闇に動く2つの黒い物体。
「…何かこうしてると泥棒みたいじゃね?」
「お前うるさい」
真夜中こっそりと町外れまで移動する私達は、端から見たらかなり怪しいと思う。団服も黒尽くめだし。
「ちゃんと持って来たか?」
「もちろんっスよ」
腰のベルトに提げている、水の入った4本のスキットルボトルを叩く。左右に2本づつだ。これ以上は戦闘中は邪魔になる。何より重い。
「全く難儀なイノセンスだぜ」
はふっと溜息をつくと頭をがしがし撫でられた。
「その代わり壊れねぇだろ」
「…まあね」
そう、自然物である水を扱えるこのイノセンスは、当然壊れる事がない。壊れるのは、
「…適合者だけってか」
月のない、闇に落ちた小さな声が、思っていたより辺りに響く。
その自分が発した言葉が嫌で、ユウちゃんの団服の裾を掴むと「どうした」と見下ろされた。
「ユウちゃん…」
「…何だ」
「夜道が怖いの。お手手握っ…」
「却下」
即答された。
「だいたいテメェが夜道を怖がるたまかよ」
そっちの方がよっぽど怖ぇ。
「ひでーやユウちゃん!年頃の乙女に向かって!」
ユウちゃんの言葉に頬を膨らますと、私を見下ろしていた視線がふいっと正面を向いて、「団服を掴む位なら許可してやる」、とぼそりと言われた。
「…やっさしーユウちゃん」
えへへーと笑うと団服を掴んでいた手をはたかれた。うう、痛いよ、このツンデレさんめ。
ふうふうとはたかれた手の甲に息を吹きかけながら歩いていると、近付いてくる林の中に、何かが揺れている。
「…狐火だ」
私の呟きを合図に走り出す。そして木に2人で身を隠すようにしてそれを近くで確認。
「…思っていたよりデケェな」
青白く燃える炎は人間の子供位の大きさ。
「うん。私もひとだま位かと思ってた」
「狐火の時も思ったが、よくひとだまなんて知ってんな」
「『日本の妖怪大図鑑』で読んだ」
「……」
ゆらりゆらりと揺れるその火を、しばらく2人で手を出しかねて眺める。
「どうする?ユウちゃん」
多分イノセンスが原因での現象だとは思うけど。
火までおよそ10メートル。熱いのか、冷たいのか、それすらも感じない。ただその場で揺れているだけ。
「…もう少し、傍へ行ってみるか」
そうユウちゃんが言った時、いきなりその火が私達の隠れている木へと向かってきた。
「っ!離れろっ!」
いた場所から飛び退く。
火は私達を隠していた木にぶつかり、木は急激に炎を上げた。
そして辺りに聴こえるのはパチパチとはぜる木の燃える音と、私の耳に聴こえるのはじゅうじゅうと水が蒸発する音。
「…イノセンス発動」
耳障りなその音を止めたくて、私がイノセンスを発動させると、ユウちゃんがそれを制するように手を伸ばした。
「待て、まだ…チッ」
聞こえてきた舌打ちにそちらへと視線を走らせれば、後ろにはAKUMAが数十体。
「六幻、抜刀」
ユウちゃんもイノセンスを発動させた。
「水鎌」
私の手のひらからは水でできた大鎌が現れる。
襲い来るAKUMAをその鎌で刈り取りながら、見通しの悪く動き辛いその木立から、少しでも広い場所へと移動する。
だが先ほどの燃える木が、気になって仕方がなかった。
…早く、あの木の火を、消さないと。
少しずつ消えていくその水分が、まるで自分の命のように感じてとても嫌だったのだ。
「水鎖!」
鎌が今度は鎖となり鞭のようにまたAKUMAを両断する。雑魚になんか構ってられない。
少しヤツらが怯んだ隙をついて走り出す。走りながら腰のボトルから水を飲み、水分を補給する。