world is yours

□world is yours 6
1ページ/2ページ

…もう、いらない、こんな世界なんて。

私は走った。
走りながら詰められたタオルを口から吐き出し、腕に巻かれたベルトを取り去る。

突然現れたクロが相手を威嚇し、その男が怯んだ隙に逃げ出した。

二度目だった。
しかも一度目は…嫌だ!!
忘れたくても忘れられないあの時の事。
心の傷も、身体の痛みも蘇る。

走る足が徐々に速度を落とす。
自分の身体を抱きしめる。

どうしていつもこんな事が起きるの?

視界が暗い。
そしてぽたりと落ちた下にはまたいつの間にかいる、クロ。

「…クロ」

手を伸ばして抱き上げた。
いつも触られるのを嫌がるのに、今は大人しく私の腕に収まる。

「また、だよ、クロ。」

初めて会った時のように、その艶やかな毛に落ちる、涙。
そうしてまた『一度目』の時のように、猫へと私は心を落とす。

「…私、ね、中学生の頃、やっぱりこんな風な事、あったの」

最もその時は、誰も助けてはくれなかった。

滲んだ世界が歪んで見える。
腕の中のクロが私を見上げていた。

「…クロ」

小さな視線と出会う。それはまるで私を憂いているようだ。

「ありがとう、クロ。
今回は、大丈夫だった、よ?」

泣きながら微笑む。
本当に、この仔が現れなかったらと思うと、同じ事にまたなってしまったかもしれない。

「ねぇ、クロ」

抱えたまま歩き出して話しかける。

「そんなに私には隙があるのかな。…私が、悪いのかな」

そう言うと、腕の中でクロは身じろぎして、小さな前足を伸ばして、私に顔を近付けた。

「クロ?」

ぺろり。

濡れた頬を舐められる。

ぺろり。

震える唇を舐められる。

「…慰めて、くれてるの?」

まるで全てを理解するような優しいその行動に、また新しい涙が落ちた。
抱えたこの小さな体が暖かい。

「…ありがとう」

再びお礼を言いながら、その小さな鼻先へ唇を寄せる。

「私も、クロと同じ猫だったら良かったな。そうすれば、こんな思い、しなくてすんだ。」

もう、嫌なんだよ、クロ。
こんな辛い世界。いるのが嫌なんだよ。
私を好きだと言って付き合っていた彼も、やっと私が心を許して好きになれた頃には離れて行った。しかも私の親友を連れて。
ずっと一緒にいた猫も死んだ。
あの一度目の事をただ唯一告白できた相手だったのに。

「…助けてよ、クロ。
寂しいよ、クロ。」

誰も傍にいない。
両親も、彼も、親友も、猫、も。

「なら、いらないよね、この世界。私のいる意味ないよね。だって誰もいないもの。誰の役にも立たないもの。自分自身にすら…」

武術を習っても、どうにも出来ない自分。こんなの、もう、嫌だ。

「…こんな私の世界、もう、壊れたっていい。」

呟いて鍵を開けて玄関の扉を開く。

「…え?」

眩い光が一瞬、私を包んだ時、急激に腕が重くなった。

「…クロ?」

思わず下ろしたクロの小さな身体。
気付けばもうそれは、猫じゃなく、

「…誰?」

目の前には長身の男。
黒いロングコート。艶やかな長い髪。端正な顔。そして意志の強そうな瞳は、青い。

「アヤ」

さっき聞こえた私を呼ぶ声。
しなやかな動きで伸ばされた綺麗な掌。

「…なら、俺と一緒に来るか?」

絡む視線にいつもの不思議な感覚。奇妙な安心感。

「お前を置いて行きたくない。…一緒に来い、アヤ」

…クロだ。

そう思った瞬間には、私はもうその掌を取っている。

後ろではバタンと扉が閉まる音がした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ