world is yours

□world is yours 14
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何とかしなければ。

そう感じていた。
こいつには危なっかしい雰囲気がある。
気が弱いというか悪く言えば隙、と云えるだろう。
触れればそのまま堕ちてしまいそうな、そんな、感じ。

まだ鍛錬服を持っていないアヤに俺のを貸せば、あっさりと受け取って(男の服を簡単に借りてしまう、そんな所も何だか心配だ)、今着替えて目の前に立っている。
マオカラーの俺の鍛錬服。
中国風のそれ。
ぶかぶかのその服を着て以前拳法の道場で見た時みたいに髪をあげているその姿。
上着の袖を折り、ボトムの裾を捲る位の着るというより着られている、というその風情。
正直、かわいかったのだ。

何だか、小さな子供みてぇ。
…失敗したな。リナリーあたりから借りれば良かったか。

今更そう後悔してももう遅い。

「神田さん」

胸の前で手のひらと拳を合わせてする、拳法独特の礼。

「ああ」

俺も構えをとる。
組手を始める、それは一瞬だった。
空が、青い。

「ご、ごめんなさい!」

その空を遮るようにアヤが慌てた声で俺の顔を覗き込む。

「大丈夫ですか?」

八卦掌の手のひらで相手の力を受け流すその動き。気づけば呆然と倒れ込む俺に、心配そうに伸ばされてちょんと触れる指先。

…さっき握った手のひらだ。

それを認めた瞬間にその感触を思い出して、俺も慌てて上体を起こす。

「だ、大丈夫だ」

なぜか急に緊張する自分がかなり情けない。
さっきはこいつをモヤシから取り上げられた事と、こいつの隙をなくす方法(鍛錬によって鍛える)を思い付き、それが嬉しくてついその小さな手のひらを握ってしまったが、今思えば人前で何て事をと顔が熱くなりそうだ。

おまけにあれだ。シシトウだ。

差し出した箸の先。
つい自然に受け取る自分の口。

…俺は、どうかしている。

ふと目の前で跪いて見つめる瞳と合う。
俺の身体から離れた、さっきまで握っていた手のひらが、地面に落ちている。
それは猫の時は舐めた指先。
人の時は熱を伝えた指先。
半ば無意識に身体が動きまた重なる、その手の上に、俺の手が。

…俺は本当に、どうかしている。

近いその距離を更に縮めるように顔を傾ける。
大きな瞳が見開かれ、それからくるんと瞬き一つ。そのふっくらとした唇が微かに揺れる。

触れたい。この唇に。

心臓が早鐘のように打つ。
まるで全身が心臓になってしまったみたいに。
息がかかる程の距離。
長い睫が青い空の影を映しながらゆっくりと落ちていく。

…やべぇ、死にそうだ。

くらくらする。
頭に血が上り酸欠の貧血。
心がぎゅっと掴まれて、苦しいのに息を止める。近くて遠いこの距離を。それがあと20cm、15cm、10cm…5cm、

「は」

近すぎる距離に小さな吐息みたいな声。そして震える睫がもう目の前。
あと、1cm…

「…何してるんですか?」

「「っ!」」

突然かけられた声に反射的にお互いの身体が離れた。
アヤの背後、陽を背に立つモヤシの姿。

「見学しに来たんですよ。
…見ててもいいですか?」

弧を描く口端は明らかな意志を持って動き、その目は険しいが口調はやたらと優しく丁寧。

「えっと…」

アヤが小さく身体を竦めて、困ったような、照れているような顔でちらりと俺を見たが、すぐに視線を逸らした。

「…チッ」

俺は舌打ちをして立ち上がる。
そして更にモヤシの少し後ろにいるリナリーにも気付いて、その楽しむような表情に、再度盛大な舌打ちをする。
未だ座り込んだままのアヤに半ば無意識に手を差し出して、すんなりと乗せられる小さな手のひらをそのまま引っ張り立たせた。

「あ…」

思わず、と言った感じのアヤの小さな声に、どうした、と見詰めれば、そこにはいつもの丸い瞳が何かを伝えてくるようで、またきゅっと締め付けられるこの気持ち。
そして気付く。
また重なる同じ掌。

すげぇ、どきどきする。
もっと触れたい。
もっと近づきたい。
この気持ちは、どうしたらいいんだ?

「アヤ…」

何かが零れていきそうになりながら、その名を呼んだ時、

「…お邪魔かしら?」

含み笑いをしたリナリーが声をかけてくる。
アヤがその声に振り返り、身体を固くしたのが握った手のひらからわかった。
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