world is yours
□world is yours 16
1ページ/2ページ
目的の場所に到着する。
近場で比較的簡単な任務。俺なら一日で終わるようなそんな任務ではあるが、アヤにとっては初任務だ、用心するにこしたことはない。
「こっちのAKUMAってどんな感じなんですか?」
不安そうな瞳が俺を見上げる。
「こっち?お前のいた世界にもいるのか?」
確か俺が見た限り、見かけなかったがと首を傾げると、アヤは何かを頭に描くように説明し出す。
「えっと、向こうの『悪魔』は全体的に黒くて細くて、しっぽが矢印みたいになってて…難しいな、でも空想上のもので現実にはいませんが、一応。」
「……」
『全体的に黒い』しかあってねえな。
そう思って内心苦笑していると、「もっとも、」と小さく動く唇。
「もっとも、『悪魔』みたいな人はいますけど…」
俯いて視線を合わさない。
だが俺はその言葉にぐっと胸が塞がるような思いが込み上げて、ギリ、と奥歯を噛み締めた。
子供だったこいつに苦い過去を与えた男。
確かにそいつはAKUMAだ。
こいつに恐怖や不安を植え付け、元いた世界を嫌いにさせた。
「アヤ」
小さく感じるこいつの身体。
その肩に触れ顔を覗き込む。
「自信を持て。お前は負けない。
なんといってもこの俺が鍛錬に付き合ってやったんだからな。」
ニヤリと笑ってそう言うとその肩からふっと力が抜けて、にっこりとアヤも笑った。
汽車の中で俺が最初に手を伸ばした時、本当は無意識にではあったがアヤに触れようとしていた。
個室に二人っきりの状態に柄にもなく緊張した俺は寝たふりをしていたのだが、目の前で何かを悲しそうに呟くこいつの声に思わず目を開ければ、そこにはその呟きと同じく悲しそうな表情のアヤがいた。
俯いて唇を噛むその姿が本当に小さく思えて抱き締めてやりたくなったのだが、伸ばした手を拒絶するかのように引かれた身体に俺は我に返り、誤魔化すように資料を取った。
もちろん一度は読んだものだ。単純な内容だから覚えてもいた。だから今更読む必要もなかったのだが、引かれたその身体が悲しくて、そう思う自分をこいつに見せたくなかったのだ。
だが資料を戻して見つめた瞳。
伝わる何か、伝える何か。
…俺は、本当に、
悲しそうで小さくて小さくて小さくて、頼りなくて。
助けたくて癒したくて泣かせたくなくて、そして……抱き締めたくて。
ああ…俺は、本当に、アヤが……好きだ。
思わず握った手。
もう誤魔化しようもない自分の気持ち。
自覚を持てば加速する、この気持ちを持て余す。
「神田さん」
かわいらしい声に視線を落とせば、そこには黒い団服にその小さな身体を包むアヤがいる。
以前貸した俺の鍛錬服のような、中国風のデザイン、そしてショートパンツ。髪は上に上げて、そこには二つの大きな碧い石の付いた髪紐。それがこいつのイノセンス。
その姿に苦しくなる。こいつに『黒』は似合わない。
こっちの世界でその役割を与えるつもりなんてなかった。
ただ、一緒にいたかっただけなのに。
「…ああ、油断するな。」
伝える言葉が俺の中で空しく響く。
頷くアヤの緊張が心を切なくさせて、ただこいつを守りたいと、誓わせる。
今回の任務は夜半に現れるAKUMAの殲滅。
イノセンスの存在は確認なし。
AKUMA自体も数は多くない。LEVEL1が十数体。
難しくない任務だ。だが不安がある。それはアヤがこっちの世界をまだよく知らない、と言う事。
当然見た事がないだろうAKUMAにこいつは果たして立ち向かえるのだろうか。
力はあるんだ、なのに。
「アヤ」
手の甲で軽くその頬に触れる。
茶色い円い瞳が瞬きをして見上げる。
「俺がいる。だから、恐れるな。」
お前は、強い。
触れた手で小さな手を包み込む。
緊張していた身体が少しだけ解れるが、見た事のない敵に怯えているのか冷えた指先。
その寂しくなるような指先が、こいつを少しでも傷つけさせないと、必ず守ると、改めて誓わせた。