world is yours

□world is yours 18
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思わず抱き締めた小さな身体。
全身から感情が溢れてそれは止まらなくて、苦しいのに離したくなくて、赤い耳が震えているのがわかるのに。

…だめだ。

頭を巡る制止の言葉。
それは任務中でのこの行動か、それは抑えきれないこの感情か、もしくは止めようもない自分か。
喉元までせり上がる気持ちを飲み込めば、ごくりと鳴ってただただ身体に積もるだけ。

…何だよ、どうしたってんだよ。俺はここまで自分を律する事が出来ないわけはない筈だ。ここまで感情に流される事はない筈なんだ。いつだっていつだっていつだって。
そう自戒をしても離せない。
この小さな身体を離せない。
ああそうだ。あの時だってそうだった。食堂での時も、初めて一緒に鍛錬した時もそうだった。
自分を抑えられなかった自分。
何だよ、何なんだよ。
ちくしょう。おかしいだろ、俺。変だろ、俺。こいつには隙がある。柔らかくてふわふわしていて、男に付け入られ易い何か。くすぐられ衝動を掻き立て、守りたいなのにめちゃくちゃにしてしまいたい、そんな感覚と焦燥感を植え付ける。
…いや、それだけじゃない。この俺の気持ちがこうしているのか。俺が、こいつを好き、だから。

「…アヤ」

名前を呼ぶ。
その声は情けない程掠れている。
だが腕に閉じ込めた小さな身体がまた震えて身じろぎする。
それだけで俺も震える。
心臓がうるさい。
猫だった時だってこうして抱き締めた。抱き締められた。
その細い指先を舐めた。
その白い頬を舐めた。
その淡い唇だって…。

息が止まる。
絶対聞こえてる。
絶対気付かれてる。
早い鼓動。大きく響くその鼓動を。

…だめだ。

もうだめだ。
俺はこいつが、アヤが、欲しいんだ。
足りないんだ、好きなだけじゃ。
渡したくないんだ、全てにおいてこいつを、誰であろうと。
いつもこの腕の中、俺の腕の中に。

抱き締めた腕に更に力を込める。
赤い耳に唇を寄せる。
切ない程の焦燥感に突き動かされるように、囁く。

「……好きだ」

発した言葉にアヤがびくりと身体を震わす。
発した言葉に俺は余計に熱が上がる。
そしてゆっくりとアヤは顔を上げる。
少しだけ緩めた腕の中で俺を見上げ見つめる瞳。
綺麗な茶色いいつもの瞳。
泣きそうに潤むその瞳。
伝わる何か。
じわりじわりと滲むように流れ込む、それは。

は、とどちらかわからない呼吸音。
また息が止まる。
そして今度は手のひらではなくその頬へ手を重ねる。

…だめだ。

何度目かの止める言葉。
けれど今のこの言葉はもう意味が違う。
猫の時に思った事。
触れて慰めて抱き締めて。
人の時に思った事。
助けたくて癒やしたくて抱き締めたくて、そしてその唇に。

…触れたい。

素直に動く、この身体。
抑えの利かないこの感情。
震えるようなこの気持ち。
そうして縮まるアヤとの距離。
揺れる睫毛に掻き乱されて、ふわりと重なり吐息が落ちる。
触れ合った身体が、腕が、唇が、熱い。
猫の舌で舐めた事のあるこの唇。
互いの唇が触れればそれはやはり柔らかく、そして甘い。

…やべぇ、本当に死にそうだ。

触れる前より触れた後。
もっと早い、もっと苦しい鼓動のままに、腕をまた廻し直して今度は正面から抱き締めれば、重なるもう一つの。

「……早いな」

アヤの鼓動。その驚くような早さに思わず呟くと、か細い声が助けを求める。

「…もう、死んじゃいそうです…」

その言葉に視線を落とせば俺の胸に顔を埋めるアヤがいて、その光景にまた俺の鼓動はますます早くなる。そしてまた呟く声。

「…動物が、一生に打つ心臓の回数は、決まってるって、誰かが、言ってました…」

ぎゅっと俺の団服を握り締めて、ぽつりぽつりと紡がれる言葉に耳を澄ませば、少しだけ落ち着きを取り戻す俺の鼓動。けれどまた、次の言葉で早くなる。

「だからもう、私…死んじゃいそう…です。」

その言葉の意味を瞬間的に理解する。そして思う。なら俺は?

「…なら俺は、即死だな」

埋める顔に手を添えて、その唇に唇を。
そうしてまた俺は、更に心臓の打つ回数を増やしていった。
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