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□あだはな〈一輪〉
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この状況に微動だに出来ない私の目の前。ゆっくりと起き上がる麗人に「今のなに?」と固まる身体のまま目顔で問えば、それに答えるかのように妖艶に『ユウ』は口端を上げる。

「これで、大丈夫」

「な、にが…?」

「あんな下衆野郎に触られたんだから私が、消毒したの」

いつもの元の通りの女言葉でくくっと笑う『ユウ』を見て、やっと私は力が抜けた。

「ん、そっか…そうだね」

たった今、触れた胸元を隠すように押さえて頷く。
なんだかさっき以上にすごいことされたような気がしないでもないが、不思議と妙に納得してもいた。だって嫌な感じは全くしなかったし、寧ろこの人に触れられたのであれば本当に消毒されたような気がしたから。

「でも本当にごめんなさい。…私のミスだわ」

けど次には真剣な表情でまた謝罪され、つい首を振る。

「いいっていいって。
…でもあの男は?どうするの?」

酔っ払い男が消えた店の奥。ちらりと視線を向ければなにやらくぐもったような誰かの声と、悲鳴が微かに聞こえてきた気がしたけれど、すぐに店内の音楽に掻き消された。

「悪い男にはお仕置き」

そっと悪戯っぽく、だけど意地悪くニヤリとしながら事も無げに『ユウ』は言って、それから色々と散らかってしまった卓の上を片付け、いつの間にか用意されていた真新しいボトルの封を切った。

「これ、お詫びのお店からのサービス…って言っても後であのふざけた‘ピー’野郎から徴収するから、心置きなく飲んで?」

「え、それっていいの?」

そんなのマズいんじゃ、と思いながら(だって私のボトル3分の1もなかったし)渡されたグラスを受け取ると、「いいって」とばかりに今度はまたどこに持ってたんだろう、タオルを私に差し出しながらすっと距離を縮めてきた。

「…目の毒」

ぼそっと小さく聞こえた声は、またしても男の低い声。だから思わず心臓が跳ねないでもなかったけれど、もしかして小さな声だと素に戻っちゃうのかもって考える。それに「目の毒」って一体何が?と少し惚けてしまった私に『ユウ』は苦笑して、「透けてる」とタオルを広げて私の胸元にかけた。

「下着、透けてる」

「えっ」

その言葉に一瞬にして惚けてた頭は我に返り、慌ててかけられたタオルをめくり覗いてみると、確かにばっちり透けていた。下着の色もそれどころか張り付くシャツが胸の形まで。
これってさっきの男がぶつかった時にこぼしたお酒か。あんなことされたから全然気づいてはいなかった…ああだからあの男は「本物の女もいるじゃん」って言ったのか、確かにある意味女ばかりのこの店で的確に言われたことに合点がいく。

「だからこれぐらい当然の慰謝料だ。服を汚され挙げ句あんな薄汚れた手で触りやがって…しかも俺の客をな」

決して今度は小さくない『ユウ』の声。でも口調はなぜか素。
驚いて見上げれば心底腹立たしそうな表情で、ああ今度は怒っているから男口調のトーンなのかと納得した。いつも『ユウ』が怒っている時と同じ感じだったから。

「安心しろ、あの野郎は今うちのママがきっちりお灸を据えてっから」

そうして開けたばかりのボトルを持ち上げながら見せた笑顔は、もう凄まじいばかりの妖笑で、こんな美人なら女の形(なり)をしていようが、男口調になろうがどうでもいっか、なんて思う。それにこんな女でも男でもない『ユウ』だからこそ気に入って、いつも私がこのお店に来るんだよねって今日何度目かの納得を私はしながら、受け取ったグラスに口を付けた。








(これに懲りずにまた来て?)

(うん。ユウの顔見てるだけでも充分お酒おいしいしね)

(嬉しいことを…ならこれ、着てけ)

(カーディガン?誰の?)

(俺…じゃなくて、私の)

(でも、)

(いいから。まだシャツ完璧に乾いてないし、夜は肌寒い、風邪でもひかれたら…困る)

(でもそれじゃユウだって風邪ひくかもだし)

(別に俺、いや、私は身体丈夫だし、またお店に来てくれれば…いいし)

(ん、わかった。なら近いうちにまた来るよ。だからお言葉に甘えて借りるね?)

(ああ、待ってる、わ)


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