カレーの神様
□カレーの神様 4皿目
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お風呂場から湯沸かし器が動く音がする。先輩がシャワーを浴びているようだ。
…私、バカかも。
またドツボにハマりそうな予感がする。しかも嫌な予感までする。
さっき神田先輩は竹刀を振っていた。そんなのはこの家にはない。と、云うことは。
立ち上がり昨日先輩が泊まった居間へと向かう。
ガラリと襖を開けると、そこには見覚えのない荷物が置いてあった。
あああ、やっぱり。
ズルズルとそのまま崩れるように跪く。
居座る気だ、神田先輩はうちに住む気だ。
それはさすがに断らなければならない。いくらなんでもお父さんに顔向けが出来ない。
うう、でも聞いてくれるかなぁ。
今までの先輩とのやり取りを思い出す。人の話を聞かない先輩との、あのやり取りを。
今日何度目かの溜息をつくと、居間へ戻り、ソファーへと深く沈み込む。
しばらく思考が停止して、ぼうっとしていたら神田先輩がその長い髪を拭きながら戻ってきた。
「腹へった」
…マイペースな人だな、本当に。
また溜息をついて私は目の前のソファーに座るように促した。
「ちょっと、お話しがあります」
「手短にしろよ?」
ドカリと足を組み座る先輩は明らかに不機嫌そうに眉間に力が籠もった。そ、そんな顔されても怖くないですよ。
「…先輩、居間の荷物は何ですか」
「ああ、俺のだ」
そうですね、そんなの見ればわかります。
「何故神田先輩の荷物がうちにあるんですか」
「持ってきたからだ」
…さっきもこんな感じの会話したなぁ。デジャブ?
「昼間寮に戻って取ってきた。」
また変なパンツ履かされても困るしな。
ニヤリと口端を上げ私を見た。いや、それはわざとですとは言えず、私は視線を泳がせた。
「俺も話がある」
神田先輩は組んでいた足を解き、身を乗り出すようにしてその足に肘を置き腕を組み、私を見つめてくる。
「な、何ですか」
反対に私は身体を引いた。
「お前、一人だよな」
「へ?」
「男、いないだろ」
…質問の意味がわからない。でもムカつくような事を聞かれた。
「…そんなの、神田先輩には関係ないじゃないですか」
「いないんだな?」
確かめるように真っ直ぐに私を見つめてきたので、仕方なく頷く。
「そうか、なら問題ないな」
勝手に納得してまたソファーの背にもたれた。
「問題ないって何ですか」
「腹へったな、飯」
「いや、私の話、聞いて下さい。何でそんな事聞くんですか」
「ああん?」
また睨まれる。だけど今度は若干パニック状態の私には全然気にならなかった。負けじと私も先輩を睨みつける。
そんな私を見て先輩は溜息をつく。溜息をつきたいのは私です、神田先輩。
「…お前な、これから一人でここに住むんだろ?」
「…そうですけど」
「女が一人でこんなデカい家、不用心だろうが」
「確かにそうかもしれません。でも…」
…この家を、離れたくないんです。
俯き、最後に小さく呟いた私の言葉に、先輩は目を細め、少し声のトーンが優しくなった。
「そうだな。」
だから俺が用心棒をしてやる。
そう言い放つ先輩に私は固まった。
何、それ。
「先輩、意味が、よく」
「俺が住み込みでお前んちの用心棒をしてやるって言ってんだよ。」
ニヤリとまた口端を上げ腕を組む。
「俺は寮にも実家にも帰る気はない。お前はこの家に一人だ。丁度いいじゃねぇか」
「そんな勝手に…」
「安心しろ、全身全霊をかけて、えみる、俺が、お前を守ってやる」
「っ」
不敵に笑う先輩に不覚にもときめいた。
ちょっと待て、私。ときめいてる場合じゃないだろ。だけどさすが女たらし、モテるだけはある。
そんな私の心境なんてまるで無視の先輩は、また「腹へった」と言ってきた。
「カレーは2日目が旨いんだよ。」
まだ残ってんだろ?昨日のカレー。
嬉しそうにカレーを強請る神田先輩に、私は勝てる気がしなかった。