月のかげする水
□月のかげする水 第5壊
2ページ/2ページ
燃える木の傍まで戻ると、また横から数体のAKUMAが襲いかかってきた。
「邪魔すんな!」
水の膜で覆われた私の拳が、近距離のヤツらを吹き飛ばす。そして水鎖で少し離れたヤツらを切り裂く。
「水魂!」
口からふうっと風船のように大きな水の玉を作り出し、木へとぶち当てると、その木をくるむように水がそこで玉のまま揺らめく。
「……嘘」
それにもかかわらず、その炎は消えなかった。
「後ろだ!」
少し離れた所から聞こえるその声に振り返ると、いつの間にか真後ろにAKUMAがいる。ほとんど無意識に発動された水が私の背中を覆って守り、それから拳でまた吹き飛ばす。
ああもう、鬱陶しい!
視線を木に戻しても、未だ包まれた水の玉の中で燃え続ける木。それどころか、少しずつ水の玉が小さくなっているのに気が付いた時、私はぞっとした。
やだ、何これ。消えないよ。
水分が音を立てて蒸発していく。
木が徐々に死んでいく。
その様子に怖くなってまたボトルから水を飲むが、手が震えてうまく飲み込めない。
まるで、私みたい。
少しずつ小さくなる水の玉。そして減少していく木の中の水。
視界に広がるその光景は、私にとって地獄のよう。
…やだ、もう、止めて。
考えたくない。
考えさせないで。
やがて全ての水を奪い去り、木が燃え尽きた。
ああ、嫌!
そう思った時、命を奪い去った狐火が私を包む。
「嫌っ!」
「かな!」
ユウちゃんの声が聞こえるが、炎の中心にいる私からはその姿が見えない。
声のする方向へ手を伸ばすが、指先まで私を包む青い炎の範囲が広くなるだけで、何も触れる事が出来ない。
ああ、私の中の水が奪われていく。
「かな!」
ユウちゃん。
あんまり私の名前呼んでくれないのに。嬉しいなぁ。
怒鳴りつけるような必死な声が耳に優しい。
…まだ、生きたい。
ユウちゃんと、生きたい。
生きて、ユウちゃんと…
炎の中、視界の青さに目を凝らす。そうして中心にいる私が見つけたものは、この火のイノセンスの欠片。
大分、水分取られちゃってるから上手くいかないかもだけど…燃え尽きるよりいっか。炭になったらかっこわるいもんね。
その欠片を握り締める。
「昇華!陽炎(かげろう)!」
ぶわっと身体中の水分が蒸発していく。
私の身体が水蒸気となり昇華していく。
そして、私の身体は自由になった。
「かな!おい!かな!」
身体が動かない。
せっかくユウちゃんが私の名前を呼んでくれているのに。
指先一つ動かせなくて、瞼が重くて、唇を震わせる事も出来ない。
合図したいのに。ユウちゃんを見たいのに。大丈夫だよって言いたいのに。
ちょっと水分使いすぎた。今までで一番ヤバいかもね。
そう思っているとぐいっと顎を持ち上げられた。
ゆっくりと水が私の喉を通過する。
一口こくりと飲んではそれは離れ、そしてまた一口と少しずつ補給されていく。
何度も何度もそれは繰り返されて、顎を伝う零れた水の感覚に、ふるりと身体が震えた時、やっと瞼が動いて目が開く。
「ユ、ウちゃ…」
「…黙ってろ」
そうして重なる唇から水が私へと注ぎ込まれる。
その柔らかい感触から注がれてくる水はとても甘い味がして、今まで飲んだどの水よりも身体に浸透していくようだった。
…やっぱりユウちゃん、大好き。
私の怖いもの。
死に至るまでの時間。