月のかげする水
□月のかげする水 第9壊
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ユウちゃん、追いかけてきてもくれないんだね。
やっぱり私の事なんて、何とも思ってないのかな。
ソファーで膝を抱えてうずくまっている。
「そんなに私、魅力ないのかな」
「そんな事ないよ?」
キミは充分かわいいよ?リナリーだって言ってたでしょ。
コムイが苦笑しながら私の傍にきて、コーヒー片手に隣に座る。
「でもユウちゃんがそう思ってくれないと、意味ない」
ぼそり呟きながら俯く私の頭にコムイが手を置く。
「大丈夫、神田くんだってきっとそう思っているよ」
「でも、全然そんな感じじゃないっスよ?」
顔を上げてコムイを見上げる。
深夜の室長室はとても静かで、何だか心が落ち着く。コムイのこのゆったりとした話し方も。
「…ユウちゃんが好きなの」
「うん」
「だから一緒にいたいの」
「うん」
「どうせ短い命なら、人を愛する事に使いたいの。それが束の間でも。ユウちゃんが、欲しいの」
「かなちゃん…」
コトリとサイドテーブルにコーヒーを置いて、コムイの大きな手のひらが私を抱きしめる。その胸はとても温かく、とても安心する。
「ねぇコムイ、どうしたら大人になれる?」
どうしたらユウちゃんに愛して貰える?
もっと生きたいの。
でも、私に残された時間はあとどれ位?
私の質問に抱きしめるコムイの腕が固まる。それがわかる私が哀しい。
「…大丈夫だよ、かなちゃん。今、ボクや科学班が色々研究してる。だから、」
諦めないで。
優しいコムイの声。
うん、そうだね、わかってるよコムイ。
だけどそれはいつ?
私がこの教団に来てからずっとだよね?もう5年近くは経つよね?
怯えていたあの頃。
ユウちゃんの瞳が救ってくれた。
「コムイ…」
「…何だい?かなちゃん」
頭を優しく撫で続けてくれているコムイを見上げる。
「今すぐ私を大人にして」
ホントは出来るでしょ?
真っ直ぐ見つめるその眼鏡の奥。
「…それは出来ない」
そんな事したら、キミは…
その瞳が歪む。
「…とにかく、それは…」
「ダメだ」
室長室に響く低い声。
ビクッと体が反応する。
「そいつを離せ」
ツカツカと私達の傍へ来て、コムイに抱きしめられている私を引っ張る。
「神田くん?」
驚いたコムイが彼を呼ぶ。
「そんな賭みたいな事は俺が許さねぇ」
キツい視線がそのコムイに向けられ、それから私にも。
そうしてそのまま引き寄せられて、私はユウちゃんの腕の中。
「…それに俺ももう限界だ。コムイ、これ以上、テメェの頼みは聞けねぇよ」
「…神田くん」
腕の中にいる私の後ろから聞こえるコムイの溜息。
ユウちゃんは私を抱きしめたまま、室長室から連れ出す。
ユウちゃん?
その抱きしめる彼の顔を見上げると、優しく細められた瞳と出会う。
「ユウ、ちゃ…」
「黙ってろ」
そうして重なる唇に、私の中に甘い水分が注ぎ込まれてくるような、そんな、気がした。
短い命を、人を愛する事に使いたい。
たとえそれが束の間の夢でも。そう願う。あなたが欲しいとそう願う。
私が欲しいもの。
それはあなた。そしてあなたに愛されているという証。