world is yours
□world is yours 6
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…ふざけんじゃねぇよ。
『アヤ』とその男の間に立ち、唸るように威嚇する。
突然現れた俺に男が怯んだ隙をついて『アヤ』が逃げたのを確認した後、睨み付けながら口を開いた。
「あいつに二度と近付くな。
…次は、殺す」
まさか猫が喋るなんて思ってもみなかっただろう。言うと男は腰を抜かさんばかりに驚いて、慌てて逃げて行った。
そうしてその男の姿が見えなくなるのを確認し、俺は『アヤ』が心配ですぐにその後を追う。
走りしばらく行くと、自分の身体を抱きしめる『アヤ』がいた。
足元へと寄っていけば、ぽたりと落ちてくる、涙。
「…クロ」
下にいる俺に気付いて抱き上げられた。
いつもは触られるを避けていたが、せめて慰めになればと大人しくその腕に収まる。
「また、だよ、クロ。」
初めて会った時のように、俺の上へと落ちてくる。後から後から。
そうしてその震える唇を見つめていると、ゆっくりと動く。
「…私、ね、中学生の頃、やっぱりこんな風な事、あったの。…最もその時は、誰も助けてはくれなかった。」
…何だって?
その告白に俺は耳を疑った。
まさか、そんな。
苦しいこいつの心が俺の心にも落ちてくる。
「…クロ」
目を逸らせず見上げていれば、辛い視線と出会う。それは痛々しい心が凝縮しているようだ。
「ありがとう、クロ。
今回は、大丈夫だった、よ?」
泣きながら微笑む。
『今回は』って何だよ。そんな切なくなるような顔で笑うんじゃねぇよ。
俺はまた嫌な思いをさせてしまったのか。もっと早くこいつの元へ行っていれば、こんな思い、させずにすんだのに。
「ねぇ、クロ」
また歩き出す。俺を抱きしめたまま。
「そんなに私には隙があるのかな。…私が、悪いのかな」
…何を言ってる、お前は。悪いのはあの男であって、お前じゃねぇだろ。お前は、悪くないんだ。
思わず体を持ち上げて顔を近付ける。
だから……泣くな。
「クロ?」
ぺろり。
濡れた頬を舐める。
ぺろり。
震える唇を舐める。
「…慰めて、くれてるの?」
悲しい声が俺を切なくさせる。また新しい涙が俺に降る。
…抱きしめてやれたら、いいのに。
だがこの身体ではこれが精一杯だった。
「…ありがとう」
再び礼を伝えてくる。鼻先に唇が触れる。
「私も、クロと同じ猫だったら良かったな。そうすれば、こんな思い、しなくてすんだ。」
深く深く、苦しい声。
また赤い痛々しい瞳が俺を見つめていた。
「もう、嫌なんだよ、クロ。
こんな辛い世界。いるのが嫌なんだよ。
私を好きだと言って付き合っていた彼も、やっと私が心を許して好きになれた頃には離れて行った。しかも私の親友を連れて。
ずっと一緒にいた猫も死んだ。
あの一度目の事をただ唯一告白できた相手だったのに。」
嗚咽と共に響く声は、俺の心まで震わせる。
「…助けてよ、クロ。
寂しいよ、クロ。
誰も傍にいない。
両親も、彼も、親友も、猫、も。」
寂しく落ちる言葉は、こいつの孤独を伝えてくる。
「なら、いらないよね、この世界。私のいる意味ないよね。だって誰もいないもの。誰の役にも立たないもの。自分自身にすら…」
誰にも言えないこいつの傷。
誰も癒せないのか?
誰も助けられないのか?
「…こんな私の世界、もう、壊れたっていい。」
呟きが俺を縛り付けたその時、開けた玄関から光が俺達を包んむ。
「…え?」
戸惑いの声が聞こえた瞬間、重くなる、俺の身体。
…これは。
いつの間にか、自分の身体に戻っている。と、言う事は、まさか、元の世界へ戻れるのか?
「…クロ?」
『アヤ』の驚いたような声。
気付けば俺よりも下にあるその身体は意外な程小さく感じた。
「…誰?」
怯えたような寂しい瞳。
それを見て、俺は決めた。
「アヤ」
掌を伸ばす。
「…なら、俺と一緒に来るか?」
いつもその絡む視線に心を奪われていた、それは苦しいような感覚と共に。
「お前を置いて行きたくない。…一緒に来い、アヤ」
嫌な世界。俺が変えてやる。
唇が『クロ』と俺を認める。
そうして掌が触れ合った時、アヤの後ろでバタンと扉が閉まる音がした。