あの海の彼方に

□よそもの
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あの海の彼方に




「よし!ソイツをタモですくってくれ!」

ニコラスは潮風の中、しゃがれ声を張り上げてその新米漁師に命令した。
ニコラスがまだ全部言い終わらないうちに、その男は大型のタモ網を片手にびちびち跳ねる銀色の鰹をさっとすくいとった。
てえしたもんだ。ニコラスは、白髪混じりの髭をしごきながら新入りを眺めた。十kg以上ある魚をタモ網で片手ですくいやがった・・・

鰹漁船「ネーレイド号」は乗組員十名ほどの小型の漁船だ。若いもんが皆ミッドガルやらコスタ・デル・ソルへと出稼ぎに行ってしまい、船は慢性的な人手不足におちいっていた。
そんな時だ。この若者がふらりと現れて雇ってくれ、といったのは。素人にゃ鰹漁船はキツイ。ひたすら肉体労働だし、腕っ節が強くないと使い物にならない。
力なら自信あるぜ、と言った言葉に嘘はなかった。
ツレがいるから海にはせいぜい一日くらいまでしかいられない、遠洋航海は勘弁してくれ、給料は二人が食べていけるだけでいい、浜にある物置小屋に住まわせてくれ、なんて条件を色々つけてきたが、人手不足の折り、思い切って雇ってみた。


「おやっさん、オレも一本釣りしますか?」

黒い髪を風になぶらせて新入りが声をはりあげた。裸の上半身は小麦色を通り越して濃いブロンズ色に日焼けしている。がっしりした無駄のない筋肉が動くたびに波打つようだ。
新入りは、船が波に大きく揺らぐと振り返って艫の索具を締め直した。
気働きもいい。いっそこの新入りを育てて自分の後継者にしようかと、ニコラスはふと思った。

「おお、やってくれ。あ〜〜、オマエ、いっそうちでずっと働かないか?」
舷側に当たって砕け散る波しぶきを浴びながら、ニコラスは新入りに聞いてみた。新入りの蒼い目が一瞬海の彼方をみつめた。

「すいません、おやっさん。気持ちは嬉しいんですけど、オレ、ツレの病気を治しにミッドガルに行かないといけないんです」
そうだ、コイツには病気のツレがいたんだ…。今朝もうちのタリーに世話を頼んでいたっけ。
ニコラスが溜め息をついて空を見上げると、いつのまにか水揚げした魚を狙うカモメたちが集まっていた。
今日も大漁だ。
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