「お前さ、よくあんなヤツと一緒に暮らしてるな……」
同僚に食堂でそう言われたとき、クラウドは一瞬持ち上げたスプーンを止めた。

「なに?」
クラウドがあのソルジャーのザックスに望まれて同室になったことについては、箝口令が敷かれてるがごとく同僚はみな話しを避けていた。
男ばかりのこの特殊な世界において、それの意味すること……。
さすがに新兵ばかりのクラウドの小隊でも皆なんとなくわかっていた。

クラウドは黙って皿を傾けて残りのスープをすくうことに専念した。
気まずい沈黙が漂っていたが、しばらくするとクラウドが口を開いた。

「軍の命令だから」
「そ、そうだったな」
質問した者も、それ以上は何も突っ込んでこなかった。
「ごちそうさま」
クラウドはまだ半分ほど残った夕食のトレイを手に取ると、がたりと立ち上がり食堂を横切って下膳口に持って行った。

背後からの視線が痛い。
そう、ザックスは評判が悪かった。ほとんど全てのソルジャーと同じく。
『壊れてる』のだ。

口べたの上、使いこなせる語彙も乏しいクラウドには説明のしようもなかった。
自分とザックスの関係は。




「クラウドが欲しい」
初めてミッションで一緒になった後、ザックスがソルジャー管理科にごねたのがこの一件。
なぜ欲しいのか、クラウドが好きなのか、そんなことはどうでもいい、ただただ「クラウドが欲しい」と駄々っ子のようにしつこくごねたということだ。

ザックスといえば戦闘能力も高く多岐にわたる軍事能力にも秀でたソルジャー期待の星。
その神羅の宝ともいうべきザックスの要求は当然ながら一般兵の人権だの尊厳などより優先された。
クラウドに命じられた上からの命令は
「ザックスと同居して彼の指示に従うこと」
これだけだった。

そもそもソルジャーというのは神羅の作った人間兵器。
余計なしがらみや感情的なこだわりを持ってはいけない存在だ。
管理科もそこはきっちりしている。
だから、「ザックスがクラウドのことを好きらしいから同居を命じる」なんてことはありえない。
おもちゃを与えるようにザックスにクラウドを与えたのだろう。


なんでも特別手当は出るらしい。
病気がちの故郷の母親への仕送りに四苦八苦していたクラウドにとってはありがたい申し出。

一体ザックスと同居してどんな目に遭うんだろう?
もしかして……、というか、かなりの確率で、ほとんど男娼のように扱われるのではないか。
悪評ふんぷんたるソルジャーの中でもとびきり評判の悪いザックス。
女は食うもんだ、と公言してはばからず、連れ込み禁止のソルジャー棟にもしょっちゅう女性を連れ込んでは狼藉騒ぎ。
そろそろ女も飽きて、次は男に手をだそうというのだろうか。
びくびくとしながら少ない手荷物をまとめてザックスの部屋のドアをノックしたのが一ヶ月前だった。

それからの……、信じられない日常はとてもじゃないけど友人にも打ち明けられず、クラウドはため息をついた。

初日。
ザックスも公休日だと聞いていたので、これくらいの時間なら非常識と思われないだろう、荷物整理や自己紹介なんぞもあるだろうし。
そう考えたクラウドは11時半にインターフォンを鳴らした。
一回目の呼びかけには答えがない。
すぐ鳴らすのも何だし、どうしようかとうじうじ考えていたら、いきなり中から掠れたような低い声が聞こえた。。

「開いてる。入って」
そっとドアノブを握れば、かちゃりと軽い音を立ててドアは開いた。

中はまだ薄暗く、遮光のカーテンが閉まったままだ。

玄関口からリビングに通じる扉を開けて驚いた。

素っ裸のザックスがソファーで寝てる。腹の上には同じく裸の女性。
豊かな金髪が渦巻いて胸の上にこぼれ、なんとか片方の乳房をかくしてるが、あとは何も身につけていない。

さらには床にももう一人。

クラウドは持っていたボストンバッグを取り落とした。
がたんと大きな音がした。

「し、失礼しました!」
クラウドがきびすを返して部屋から出ようとしたら、

「タバコ取って」とだるそうな声がかかった。
「あ……、はい」

リビングのテーブルの上にあるタバコを取ろうとして、床に寝ていた女性をそっとまたいだ。
「すいません、またぎます」
一応声をかけた。

う〜んと寝返りを打ったその女性も全裸にかろうじてバスタオルを腹にかけているだけだ。
寝返りを打った拍子に豊かな胸がぶるんと傾き、金色の髪が顔にかかる。薄闇にも結構な美人らしいことはわかった。

かなりの刺激的状況にクラウドは一人頬を赤くした。
『女ったらし』というザックスの噂はちらほら聞いていたが、初日にこの状況は想定外だった。

「どうぞ」
ザックスにタバコを渡す手が震えた。

「ん」
ザックスは女を腰にまとわりつかせたままむっくり起き上がると、クラウドをろくに見もせずタバコを受け取った。

「はい」
ザックスが手を差し伸べたので、クラウドははっとして握手をしようと思わずその手に触れた。

「違う!」

いきなり出した手を振り払われ、クラウドは面食らった。
一体……、このシチュエーションでどう振る舞っていいかわからない。

「ライターだ!」
「あ、はい……」
焦ったクラウドは飲みかけのグラスや倒れたビール缶の散乱するテーブルから、なんとかライターを見つけてザックスに渡した。

ザックスは黙って受け取るとカチリと火を点けた。

彫りの深い顔がぽっと火に照らされたが、目を伏せているので、表情が読めない。

クラウドは床に転がっている裸の女性とザックスの間に立ち尽くした。
どうしたらいいのかさっぱりわからない。

「おら、お前ら起きろ。帰れ」
ザックスはタバコを加えたまま腰にしがみついている女を邪険にどかした。
むき出しの性器が露わになり、クラウドは目をそむけたが、ザックスは気にしてる気配もなかった。

「う〜〜ん」
女が伸びをしてザックスの腹を撫でた。

「帰れっつてんだ」

「あ、あの、オレは……」

「あ〜、オマエの部屋はそこ。荷物置いて」
ザックスは追い払うように片手を振ってリビング隅にあるドアを指した。


「は、はい……」

床に捨ておいた荷物を拾うと、クラウドはそそくさと逃げるようにその場を離れた。

これからこんな日が続くんだろうか。

ため息をつきつつ、与えられた部屋の扉を開けた。

その部屋は、思ったよりずっと広く、こざっぱり片付いていた。明らかに新たに買い入れたらしい洋服ダンスがあり、小さなデスクまで窓の下に置いてあった。
カーテンは明るい水色。
きっとこれも新しく買ったのだろう。そっと開けると新品らしい手触りとともに昼間の明るい光が入ってきた。
東向きか。

床には絨毯も敷いてあり、ちょっと感動した。
(すごくいい絨毯だ)
毛足の長い織りの細かい絨毯は結構な高級品だ。

(歓迎してくれてるんだろうか?)
ぞんざいな扱いをされたわりには部屋は綺麗に整っていた。

(あれ?)

クラウドは絨毯の上に荷物を置いて部屋をみまわした。

(ベッドがない……)

リビングの方からは、言い争うような声が聞こえてきた。
女のすすり泣き、なにやら声高くザックスが命じてる声。
ばたばたと人の出入りする音がする。
どん!という家具か何かに人のぶつかるような音までしている。


(オレ、どこに寝るんだろう?)

まさか……、というか、やっぱり。

さっき見た、情事のあとの色濃いザックスの裸体を思い出し、クラウドは小さく震えた。

これから始まる、常識の通じない相手との暮らしに目眩がしそうになり、クラウドはがっくりと絨毯の上に座り込むと膝を抱えた。


たぶん30分くらいぼんやりしていた。
リビングの方はシーンと静まりかえっており、もう女の声も聞こえない。
クラウドは立ち上がると、そっと扉を開けた。
誰もいない。

さっきの乱痴気騒ぎの後のようなテーブルはもうきれいさっぱり片付いており、鼻をくすぐる甘ったるい香水の匂いの他には女のいた気配はない。
恐る恐るリビングに一歩足を踏み入れた。ザーザーとシャワーを使う水音がするから、ザックスは浴室だろう。

どうしていいか皆目分からない。
野獣の巣に迷い込んでしまった小動物のような気分になったクラウドは、とりあえず部屋の隅々をじっくり見回した。


天井が高く広々としたリビングは、一般兵の宿舎とは比べものにならない。
ザックスはあまりモノを持たない質らしく、部屋の中はなんとなくガランとして寒々しかった。
隅の方に放ってある武器、装備の類いがさらに部屋を殺伐としたものに見せている。

こんな部屋で言葉も通じないようなソルジャーと一緒に暮らすなんてできるのだろうか?
クラウドはため息をつくとソファーの隅に座り込んで頭を抱えた。

「昼メシ、食うだろう?」

いきなり後ろから声をかけられて、クラウドは飛び上がった。
振り向くと裸のままぽたぽたと髪から雫を垂らしたザックスが真後ろに立っていた。足音がまったくしなかった。

クラウドはびくりと立ち上がった。

「あ、あの……」
返事を言いよどんだクラウドを無視して、がしがしと髪を拭きながらザックスはキッチンの方に行ってしまった。
筋肉質の尻から背中が彫刻のようで、一瞬クラウドは見とれた。
あんな体になりたかった……。
己の華奢さが恨めしい。
さりげなくタオルで髪を拭く上腕は、クラウドの腕の倍ほどの太さに見えた。

(オレの事、殴ったりしないだろうな……)
もしかしてソルジャーと暮らすというのは命がけかもしれない。
ソルジャーの喧嘩に巻き込まれて殴り殺された一般兵の話をふと思い出した。

「今パスタ作るから」

クラウドは自分の耳を疑った。

「パスタ、ですか?」

「……嫌いか?」
不安そうな響きがザックスの声の中にあったような気がしたが、気のせいだと思うことにした。

「いえ、好きです」

「ペペロンチーノとカルボナーラ、どっちが好き?」
「あ、あの……、どっちでも」
「どっちでもとか言うな!どっちかの方がより好きだろう?」
イラついたような声音がキッチンから聞こえ、クラウドはびくりとした。

「あ、あの、カルボナーラの方が好きです」

「そこで座って待ってて。すぐ出来る」

素っ裸のまま、ザックスは料理を始めた。
クラウドは仕方なく畏まって身を縮めるようにソファーの隅にじっとしていた。

トントンと規則的な包丁や、湯の沸騰する音についで、ふわりと美味しそうな匂いがしてきた。
クラウドの腹がぐうと鳴った。
客のようにじっと待ってるのもばつが悪い。

「あ、あの、手伝うことありますか?」
おどおどと声をかけると、ザックスがはっとしたようにクラウドの顔を見た。

初めてザックスと目があった。
蒼い目は暗く深く、しばらくクラウドを射すくめるようにじっと見つめていたが、ふいと目をそらした。

「何もない。ダイニングの方のテーブルに座って待ってればいい」
ザックスの料理をする手つきは素晴らしく、プロのコックのようだ。
きっと運動神経がいいからなんでもうまくできるのだろう。
不器用な自分とは大違いだ。

「はい」

仕方なくキッチン脇にあるテーブルに座った。

ちょうどザックスに背を向けて座ってる位置に当たるので、ほっとしたクラウドは、ほんの少し肩の力を抜いた。
まさか昼ご飯をザックスが作るとは夢にも思わなかった。
これからは、二人の休日が一致したら、1日顔をつきあわせることになる。
普段の休みの日は部屋でごろごろしてるのが好きなクラウドには結構苦痛だ。

(まあ、その時は一人でどこかに出かければいいんだ)
そんな心配までしていたら、なんとなく背中に視線を感じた。
(見てる?)
そっと振り向いたら、またザックスと目が合った。

「できたぞ」

どうやら盛りつけをしながらクラウドの様子をうかがっていたらしい。


相変わらず素っ裸のまま、ザックスは皿を手に取ると、クラウドの前にどんと置いた。

「パスタだ」

ザックスは自分もクラウドの向かいに腰掛けると、猛然とパスタを食べ出した。

「いただきます」
かるく目礼をしたら、ザックスはちらっとクラウドに目をやりうなずいた。

「熱いうちに」

「あ、はい」
恐る恐るフォークに巻き付けたパスタを口に運んだ。
ザックスがじっと見てるので、緊張したが、口の中で卵とクリームの優しい味わいが広がり、クラウドは思わず手をとめた。

「不味いか?」
ザックスが顔を近づけてきた。

蒼い瞳はガラスのように無機的だが、奥の方に微かに暖かいものが揺らいでいる。

「いえ、美味しいんで驚いて……」
ふう〜、とザックスが安心したように息を吐いた。

「オレはメシ作るのが好きだ。オレがいる時は作るからオマエは必ず一緒に食うんだ」

「はい」
クラウドは神妙な顔でうなずいた。
命令されてるのだろうか?
もしそうならなんて変な命令だろう。

「食べられないものはあるか?」
ザックスの声が少し心配そうになった。
もしかしたら、本当に気を遣ってる?

「あの……、生のトマトとかピーマンがダメです」

「覚えておく」

ザックスはそういうと、クラウドに食べるよう促した。

自分が食べるのをじっと見られているのは奇妙な気分だ。
ザックスはすでに山盛りのパスタを平らげて、クラウドの食べるのを見ている。
クラウドの口元を穴の開くほどみつめていたザックスはだんだん身を乗り出してきた。

強い視線に気詰まりになったクラウドは震える手でフォークを使い、のろのろとなんとか食べ続けた。
余裕があったらもっと味わえたろうに。


ザックスはクラウドの食べるところを見逃すまいとするように前のめりで肘をついてまじまじと見つめていたが、途中でふいと席を立って寝室に行ってしまった。

(服でも着に行ったんだろうか)
素っ裸のままだったので、クラウドも気にはなっていたのだ。
その隙にクラウドはやっとパスタを全部食べ終えた。

少ししてがちゃりと寝室のドアが開いてザックスが戻ってきた。
まだ全裸のままなので、クラウドはぽかんとした。

「あ、あの……」
ザックスは相変わらすクラウドに粘るような視線を向けてくる。

「服はいいんですか?」
思い切って聞いてみた。

ザックスは軽く肩をすくめた。
「部屋じゃ裸でいることが多い。寒くもないし」

「服をきてくるのかと思ったので……」

「オマエが食べるところ見てたら、なんか興奮したんで抜いてきただけ」

クラウドは椅子から転げ落ちそうになった。

どうしよう。やっぱりそういうことなんだ。

「心配しなくていい。オレ、興奮しやすいんだ」
「あ、はい」
「すぐ勃っちゃうから。気にすんな」

それは……、気にしなくていいことなのかどうかわからない。
クラウドは今更ながら、大変なことを引き受けてしまった、と脂汗が流れてきた。
ザックスはあの蒼いガラス玉のような目でまだクラウドをみつめている。
ーー一体オレをどうしたいんだろう?

+++++++++++++++++++++

すいません、ほんの出だしです。
実はもう完結していて、大体A5で50〜60Pかな?シリアス純愛(?)路線エロ多め。

今年の秋か、その辺りで出したいと思ってます。
よろしくお願いします!

cyunkiti拝

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