短編

□昨日の敵は今日の友
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木々の隙間から陽光が差していて、少し湿ったいい匂いがする土にまばらに模様を作っていた。

私は自然に一体化した古い木のベンチに腰掛けていた。

昨日は暑くて気が滅入った。
私が応援するサッカーチームイナズマジャパンも次々に倒れてしまう程に。
試合は熱くて熱中したけど、熱中しただけに試合終了の合図とともにテレビの前で熱中症でダウンした。

暑さの苦手な私は、この涼しくて神秘的な秘密の山が好きだった。
夜露に濡れた土が蒸散して気温を下げてくれる。
しかし午後には蒸し暑くなり、不快なものになっていく。
午前は私だけの避暑地であった。

小さな秘密の山には誰もいなかった。
朝勝手に涼しくなって、午後勝手に暑くなる。

誰もいないから、独り言だって聞かれない。

「ふぃ〜、涼しい。昨日戦ってたデザートなんちゃらにはこの涼しさ分からないでしょーね」

砂漠でずっと鍛えてたから何さ。
見てるだけで暑苦しい試合は、私にとって熱中させる要因であり、尚且つげんなりとさせる内容でもあった。

「そうですね、確かにカタールにはこんなに涼しくて気持ちの良いところはありません」

「そうよね。ざまーみ……ろって…」

ふいに話しかけられて驚愕した。
ぼけっとしていたため、自然に受け答えようとしまいそうになったが、
目の前にいた人物は昨日私を熱中させたデザートライオンのキャプテンその人だったのだ。

「び、びびびビヨン・カイル……!」

勢いよく引いて、ベンチから落ちそうになった。
ベンチの後ろは小川で、落ちると大変だ。

「俺を知っているのですか…。」

彼はニタリと笑い私の顔を覗きこんだ。随分影のある男だ。

「カタール代表の…人ですよね」

「そうですね」

彼はにこりと笑った。
心臓はバクバクしている。
本人に向かってざまーみろだとか酷いことを言ってしまったのだ。
メンチ切れる程勇気のある身ではない。

先ほどの独り言も聞かれてたのであろうか。
我がチームを愚弄したな!とかいって刺されでもしたらかなりかっこ悪い。

「あなたが何故ここに…」

すると、ビヨン・カイルは私とともにベンチに座った。

「もうすぐこの国を発ってしまうので、ここのような涼しさを感じてから行こうと思ったんです」

ビヨン・カイルは笑顔だ。
ラッキーさっきの独り言聞かれてないかもしれない。
聞かれてたらこんなに愛想よく話してくれないもんね。

「そうですね。先程あなたが言っていたようにカタールにはこんなに木々が生い茂って涼しいところありませんから」

残念聞かれてた!
恥ずかしくなって顔を伏せる。

「…ごめんなさい」

「いいえ。私とあなたは敵だったのですから」

ビヨン・カイルは随分と愛想がいい。
テレビを見たときと随分違うな。


すると、昨日彼と戦っていたイナズマジャパンの円堂守を思い出した。

彼の笑顔と昔の思い出が重なる。



「『敵だった』か…」

「……?」

「うん。信じないかもしれないけど、私も円堂くんと戦ったことあるんだ。ちっさいチームだったし、あっちは覚えてないかもしれないんだけど」

「…そうだったのですか」

「だから、私も彼と『敵だった』の。
…日本にはこんな言葉があるんだ。『昨日の敵は今日の友』!!
この言葉…ぴったりでしょ」

ビヨン・カイルはきょとんとして…それからふわりと笑った。

「素敵な言葉ですね」

「ね、そうでしょ」

「私もあなたも…ミスターエンドウの笑顔にやられたみたいですね。彼は我が国の太陽並みに熱い男でした」

「…そう。
はぁ…彼らも最初は弱小チームだったのに、ね
世界への挑戦までするなんて…」

「世界への…挑戦。俺たちは終わってしまったけど…」

「ごめんなさい。そんなつもりじゃっ」

「いいえ。俺たちの世界への挑戦は終わってしまったけれど、その代わり俺は君に会えました。…名前は?」

「みょうじなまえ。」

「なまえ。俺はもう行かなくてはなりません」

「…っ。………。…また会える?」

「ええ、会えますとも。昨日の敵は?」

「今日の友!!」

私たちはまるで最初から恋人だったようにキスをして、そして見つめあった。
木漏れ日が、私にも彼にもまだらに模様をつける。



「マアッサラーマ」

「さようなら」



さっき初めて会ったはずなのに、
離れるのを拒みたくなった。
別れは辛い。ここにいて。ここにいて。
でも彼はくるりと回って、もう振り向いてはくれなかった。
彼の背中は遠ざかって、私は涙が出そうになった。



“昨日の敵は今日の友”



(私はこの男に愛しさを感じたんだ)


11/04/04


やっぱりキャプテンには適わないでやんす
 

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