短編
□実と花
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たいてい、実は花の後になる。だから実は、綺麗な花のようにはなれない。
栗川実乃は一人、学校へと向かうべく道を歩いていた。と、後ろから肩を叩かれ振り返ると幼なじみである土屋啓太がいた。
「おはよっ、実乃っ!」
「おはよう、啓太」
実乃は啓太に返した。いつまでも小学生のように無邪気で明るい啓太の笑顔。少し沈んでいた実乃の気持ちが浮上した。だが、それもつかの間のこと。
「花乃はまた寝坊か?」
その啓太の言葉に、また実乃は先程と同じ気持ちになる。だが、その気持ちを隠して実乃は笑顔を作り啓太に返す。
「うん、私が出たときにはまだ寝てた。いくら呼んでも全然起きないんだもん」
花乃、実乃の姉。
「ほんと、そっくりなのに実乃と違ってあいつは寝坊ばかりだな」
笑って返す啓太。
花乃は実乃の双子の姉。実乃と花乃は外見がまったくそっくりの、いわゆる一卵性双生児というものだ。
二人は同じ環境、同じ時、同じ愛情を受けて育ってきた。それでも、その性格は全く違っていた。陽気で人懐っこい性格の花乃、内気で物静かな性格の実乃。性格はまるで正反対だった。だが、嗜好は非常によく似通っていた。
まるで花のように、その明るさで人々を引き付ける花乃。花のように魅力などなく、ただ静かにそこにあるだけの実乃。
実乃は実で、花乃は花で。実乃は実だから綺麗な花にはなれない。どんなに花の真似をしても、実は絶対に花にはなれない。私は、実だから。
だからといって、実乃は花乃が嫌いなわけではなかった。このようなことで花乃を恨むなど筋違いもいいところだ。
だが、自分の好きな啓太が花乃のことを挨拶とすぐに聞いてきたことには、やはり動揺はしてしまう。
実乃は啓太が好きだ。だって啓太は、肉親以外で唯一、実乃と花乃を見分けることができるから。
他にそんな人には会ったことも見たこともなくて、惹かれた。
だけど、たぶん花乃も啓太が好きだ。だって、私たちの嗜好は、性格と違ってすごくよく似ているから。
実乃が好きなものは花乃も好き。啓太が花乃と楽しそうに話しているのを見る度、啓太が花乃の話題を実乃に振る度、実乃は啓太が花乃のことを好きなのではないかといつも不安せずにはいられなかった。