ワールドトリガー
□世界に唯一つしかない“代替品”
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「急に連れ出したりしてしまってすまなかったね」
「いえ、お気になさらず」
会議室を出たあと、忍田さんに待ち伏せされていた私は忍田さんの執務室に連れてこられていた。
目の前には紅茶とショートケーキ。
ショートケーキは最近出来た人気店のもので、紅茶に至っては忍田さんが入れてくれたものだ。
こんな体験、滅多にないだろう。
「今日君を呼び出した理由はひとつだ。まあ、君のことだから分かっているかもしれないな」
「ある程度は想像がついてます」
別に忍田さんは私なんかとティータイムを楽しもうだなんて思ってない。
多分、今日の会議について。
「君は今日の会議をどう思った」
「どう、とは」
「有吾さんの息子から黒トリガーを奪うという件についてだ」
「あの時の君の表情が気になってな」と言いながら紅茶を飲む忍田さん。
あの時、とはきっと迅さんからの報告を聞いている時のことだと思う。
正直いい気はしない。
それは三雲君からの報告を聞いたことでより一層高くなる。
「本音を言えばやりたくありません」
私の言葉に表情を明るくする忍田さんに「でも」と言葉を重ねる。
「命令が下れば私は何の迷いもなく遂行します」
私は”空閑有吾”という人物も”空閑遊真”も知らない。
薄情だが知らないでいるからきっとこう言える。
「やりたいことをする為には、やりたくないこともやらなくちゃいけません」
「!」
「この言葉は根付さんから教わりました。私はボーダーに居たい、こうやって仕事をしたい。だけど好きなことだけやっていても駄目なんです」
生きていく上でも何かを続けていく上でもそれは付いて離れないものだと、根付さんは言っていた。
きっとそれは根付さんが今まで生きてきた上で私に言い聞かせた言葉。
だから私の中にもずっと残っている。
「名前ちゃんは、」
「?」
「真面目だなぁ」
「…はあ」
忍田さんは目の前で顔を片手で覆い、楽しそうにそう言った。
どこかに笑う要素があったんだろうか。
「いや、真面目とも違うか。芯がしっかりしていると言った方がしっくりくる」
「そうですか」
「そうか、そう言われてしまえばこの後の言葉も言い難い。…本当はこちら側に君を勧誘しようと思って今日はここに呼んだんだが」
その必要はなさそうだとからから笑う忍田さんに少し安堵した。
この人と話すとどこか落ち着く。
きっとそれはこの人の雰囲気や人柄からくるものだろう。
正義感が強くて、少し頑固で思いやりがある。
「にしても根付さんは君に色々なことを教えているようだね」
「色んなことを教えてくれますよ、ちょっと口煩いけど…」
「あはは、それだけ名前ちゃんのことが心配なんだろう」
お互い紅茶を飲みながら、時々ケーキを食べたりして他愛無い話をして。
ゆるゆると時間は過ぎていく。
「名前ちゃん」
「どうしました?」
「私と根付さん、どちらとこうやっているのが楽しいかい?」
急な質問に目を丸くする。
忍田さんと根付さんとこうやって話すのはどちらが楽しいか。
それは勿論、
「根付さんとの方が楽しいです」
言った後に気付く、私今かなり失礼なことを言ってしまった。
「え、いや忍田さんと話すのが嫌とかいうわけじゃなくて、」
「気にするな。何となくそう言うと思ってたから」
「…すみません」
時計を見れば残った人達での会議が終わった頃だと思われる時間。
「じゃあ忍田さん、私行きますね」
「よければまた来なさい。待ってるよ」
「はい!」
「さっきのお話は秘密にしておきますね」と言って私は執務室のドアを閉めた。
さ、根付さんのお迎えに行こう。