ワールドトリガー
□嗚呼、何よりも。キミノナマエを呼べないことが。
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Zin side
「ここに居たのかあんた…!」
本部の屋上でうつらうつらしていた俺の意識を引き戻したのは聞き覚えのある少し低い女の子の声。
まあ、この子が俺を捜してここに来るってことが視えていたから屋上に居たんだけど。
「やっと来たな苗字ちゃん」
「やっと来たな、じゃありません!これから会議だっていうのに何でこんなとこに居るんですか!?」
「いやー迎え来るからいいかなーなんて」
へらっと笑えば名前ちゃんの口元が引き攣った。
「私が迎えに来るのは迅さんが来ないからで「だから言ったじゃん……甘やかすからこうなるんだって」月彦あんたまで?」
「いや絶賛甘やかされ中の奴には言われたくないわ」
「迅さん人の事言えませんからね!」
彼女に片腕を捕まれて半ば引き摺られるような形で姿を現したのは天羽月彦。
こいつが本部に来ること自体がかなり珍しい。
自分からここに来るなんてしたことの無い天羽のことだ、大方名前ちゃんが引き摺って来たんだろう。
最初の方は関わる気なんて無いだの言ってたくせに今では俺を差し置いてS級同士、いいお友達になっている。
数少ないS級だから仲良くしろとか根付さんに言われていたらしい彼女は、真面目に天羽と仲良くなろうとしたらしい。
…俺もS級なんだけどな。
「天羽が来るだなんて珍しいな」
「だって名前が引き摺るから……」
「本来こういった会議には参加するものでしょ」
「出た……名前のギムとセキニン」
「当たり前の事だからね!?」
重度のめんどくさがりな天羽。
根っこの方から真面目な名前ちゃん。
この2人は馬が合わなそうに見えて、意外とそうでもないらしく。
攻撃特化型と防御特化型、めんどくさがりと真面目ちゃん。
ちぐはぐだからなのかお互いがお互いをカバーし合うような感じだ。
仲がいいことは喜ばしいことだが、見ていて面白くない。
「さあ迅さん行きますよ」
「えー名前ちゃん起こして」
「子供かあんた…」
ぶつぶつ文句を言いながらも俺に向かって手を伸ばしてくれる彼女の口元が緩んだ。
ニヤニヤして変だと言われたが、何だかんだ言って頼られるのが満更でもないその表情が俺は好きだった。
S級だけで集まっても天羽とばっか話しているわけではない。
真面目な子だから俺と天羽と3人で話せる話題を引っ張り出してくる。
だけど彼女の隣に居るのはいつも天羽で。
別に2人の間に何か特別なものがないとしても、自分に渦巻くドロドロした黒い感情は拭えない。
(大人げないなぁ俺)
歌川は名前ちゃんのことが好き。
これは誰の目から見ても明白。
ちなみに好かれている当の本人は気付いていない。
最初は疑ってたらしいけど、一方的に避けられていると勘違いしたみたいだ。
諏訪さん、堤さん、笹森…諏訪隊の3人は名前ちゃんの保護者。
諏訪さんは目に見えて過保護。
堤さんも意外と過保護。
笹森は兄なのか弟なのかは分からないから双子の兄弟みたいに仲がいい。
彼女も諏訪隊のことは信頼しているのがよく分かる。
…俺を見る諏訪さんの目が怖いのは気のせいじゃないと思う。
(真面目な子だから周りも彼女を信頼してくれる。それ位は頭で理解してるんだけどさ)
「ほら行きますよ…!?」
「あ」
俺を立たせてくるりと後ろを向いた名前ちゃんの後ろに居るはずの姿が見当たらない。
「次は月彦が逃げた…」
「あらら」
地面に膝を付いてうな垂れる名前ちゃん。
ちなみに天羽が逃げるって未来も俺には視えている。
言わなかったのは大人気ない理由だけどね。
「もう時間になるから探しにいくのは得策じゃないな」
「そっちに気をかければあっちが居なくなる…何で大人しく出来ないんですかぁ…」
「ごめんごめん。次からは気を付けるから」
地べたに座っている名前ちゃんに立たせるように手を伸ばせば素直に取ってくれるから立たせてあげる。
(ああ、ほら)
そのまま手を引っ張って屋上の入り口まで引っ張って言っても「速い」「後で捜さなきゃ」とか言うだけで恥じらいもしない。
彼女が俺のことを見ていないことなんて分かってる。
だけど信頼と尊敬とが入り混じった、綺麗な目で君に見られる俺の気持ちも少しは分かって欲しい。
(いつか俺のこともちゃんと見てね)
それまで頑張るから。
だから、待ってて。