ワールドトリガー
□傍にいることの苦痛
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「名前、どこに行ってたんだい」
「根付さん…」
会議室前の廊下で後ろから声をかけられる。
誰かと思えば根付さんだった。
手にはブラックコーヒーが握られているあたり、そろそろ休憩時間が終わる頃なのかもしれない。
「ほら、お前の分だよ」
「ありがとうございます」
そう言って渡してくれたのは緑茶。
甘いものは好きだが甘い飲み物が苦手な私にとっては嬉しい。
というか何年も一緒に居る根付さんがそれを間違えるわけないというのに。
「で、どこに行っていたんだい?会議が終わるなりどこかに消えてしまったから驚いたよ」
「すみません…例の近界民の所に行っていたんだです。C級のブースでA級の緑川と対戦していたので見てました」
「それは私達も見ていた。まったく、大方空閑君の実力が知りたかっただけだろうがああいったことをやられるとねぇ…」
「緑川はまだ中学生ですし、きっと面白くないとでも思っていたんですよ」
会議室前の廊下に置かれているベンチに腰かけ、お互い飲み物を飲みながら話す。
どうやら根付さんはこれから仕事でテレビ局に行かなければいけないとかで、今からの会議には出席できないとのこと。
「今回の会議には出席したかった」と残念がっていたが仕事なので仕方ない。
「今回は議題が議題だからどうしても出席したかったんだけどねぇ」
「終わったら資料を貰っておきますし、会議の内容は後でちゃんとお伝えします」
「…あぁ、よろしく頼むよ」
「…?」
根付さんの反応がどうも歯切れが悪い。
これは最近ずっとそうで、一緒に居るときに時折苦しそうな、気まずそうな表情をする。
普通の人は気にもならないような些細な変化。
だけど、長年一緒に居る私には分かってしまうのだが珍しいと思う。
人前に立つ人だからあることないこと話すのが得意で、自分にとって不利なことがないように立ち回る人だから、分かりやすい反応をあまり見ることがない。
「根付さん、」
「うん?」
「…いえ、なんでもありません」
「お前がそんなこと言うなんて珍しい」
そう言って私の頭に骨ばった手を置いた。
私よりも細いのに、大人で、男の人である根付さんの手は大きい。
小さい頃からその手で頭を撫でて貰ってきた私にとって、根付さんの手が一番安心する。
(悩んでいるなら相談して欲しいけど)
きっと相談なんてしてくれないだろう。
分かってるけど、悔しい。
「お前が気になっているのは私の反応だろう?」
「…はい」
「気を揉ませてしまってすまないね。だけど、今回私が悩んでいる件はお前に関係することなんだ」
「私のこと?」
飲んでいたブラックコーヒーを簡易ベンチに置いた根付さん。
私の頭に置いていた手を下ろし、私の両手を大きな手で包む。
「今日の会議が終わったらお前に話したいことがある」
そう言う根付さんの表情はどこか苦しげで。
「きっと今言うべきことではない…だけど、名前。お前が知っておかなければいけないことだから」
私の手を包む手に力が入る。
「知らなければいけないことって、一体何なんですか」
会議前だけどそれだけは知っておきたくて根付さんに尋ねた。
(何だか、嫌な予感がする)
頭の中でどんな話題なのか想像する。
ある程度なら心の準備が出来る。
だけど、どうしても冷や汗が止まらない。
嫌な警鐘が頭の中で鳴り響く。
「大口ユウヤ」
「……え」
「お前の、会いたいあの子についてだよ」