short#2

□ロンリーキャット
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ある寒い日の夜のことだった。

「お腹空いてるんでしょ。ほら、食べなよ。」


若い男の人と女の人が、僕に食べ物をくれた。

僕は、口をつけなかった。

だって毒入りかもしれないから。



僕の中の「野生」が、食べちゃだめって言うから。

















ロンリーキャット

















「…あれ?こいつ食べないなー」

「きっと警戒してるのよ。だってこの子、きっと野生だもの。」

「そっかー…なら仕方ないね。」



僕はひたすら警戒する。尻尾はもう垂直なんじゃないってくらいにそそり立ってる。

これ以上僕に近づくなと言わんばかりに。


「また次回トライしてみるよ。じゃ、またな。ネコ。」

「いつかなついてくれたらいいね。」


そう言いながら若い二人は去って行った。「名前はミケにしよう」なんて言っているのが聞こえた。

俺は「ミケ」じゃないよ。「リョウ」っていうちゃんとした名前があるんだ。

勝手に名前をつけるなよ。

次あったら引っ掻いてやる!と心に誓いながら俺は再び放浪し始めた。










「あれー?また会ったね。ネコちゃん。」

なんてこったい。こないだ会った二人に、違う場所でまた出くわした。

「運命っぽいー」

女の人のほうはニコニコしながら俺に触ろうとしてくる。

が、やっぱり嫌だったので引っ掻こう…としたけど、なんとなくやめておいた。

ほら、猫は気まぐれだから。

というよりも、なんだかコイツらがそんなに悪い人ではなさそうだったので止めてやっただけ。

なんか不愉快なことしたら、直ぐ様引っ掻くからな!という意味を込めて「フーーー!!」と唸ってみたけど、
かわいいー!!としか言われなくて、戦意喪失。

大抵の奴なら怖がるんだけどな…何なんだこいつらは。空気が読めないのか。

「ミケに会うだろうと思って、俺ニボシ常備してたんだよ!努力が実ってよかったー!」

餃子みたいに目をフニャーっとさせながら男の方は言った。

ニボシは嫌いじゃない。丁度腹も減ってたし、今んとこ行く当てもないからもらっとくか。


「わー食べたー!!」

「よかった。」


笑顔で二人が見つめてくる。何だかこういうのには慣れないので下手に緊張してしまい、
ニボシの味がわからなかった。
…俺らしくないな。


「じゃ、そろそろあたし達行くね。ミケちゃん。」

だーかーらー、ミケじゃねえっての!!俺はリョウ!!

「ばいばい。また来るね。」

来なくていいっての。


ニボシを腹いっぱい食い終わった俺は、日向ぼっこをしに近くの公園へ向かった。





不思議なことに、それから3日に1回はヤツらに会うようになった。

というのも、俺のお気に入りと思ってた場所が、あの男の方のマンションの近くだったからだ。

会う度に必ずニボシをくれる2人。

そんな2人はいつも一緒にいた。

きっと恋人なんだろう。





2人が俺にニボシをあげ始めてから、2ヵ月くらい経ったときのこと。

いきなりパタリと姿を見せなくなってしまった2人。


「(今日は来ねぇのか…)」

試しに男の部屋に向かってニャーと鳴いてみる。いわゆる「猫撫で声」ってやつ。

ニャーニャー鳴くと、大抵この声を男の方が聞きつけて直ぐ来るのに。



…今日はやっぱり来ない。



自分でも気づかないでいたが、俺はあの2人に心を開いていたんだ。




だからこそ、まさに今、「さみしい」って感じた。







2か月前まではずっと1人で生きていたから、さみしさは感じなかった。







それになんだか嫌な胸騒ぎがした。それを紛らわすためにニャーニャー鳴いていたら、
マンションの大家さんに「うるさい!」と言われホウキで追いやられてしまった。









1週間後もあの2人は来ない。

2週間後も。

3週間後も。



1ヶ月後。…遂に姿を現した。




しかし、俺の前に現れたのは女の方だけだった。




なんでなんだろう。いつも2人一緒だったのに。



「しばらく来れなくてごめんね。ミケちゃん。元気そうでよかった。」



心配させやがって。俺ちょっと寂しかったんだぞ。

だから体を摺り寄せてみた。すっごいあったかかった。ニンゲンってあったかい。






「ミケちゃん、もうあたし、ここには来れないの。今日で最後なの。」

悲しい目でそう言う彼女の目には、無数の涙が溢れていた。



「ケイタとはね、もう会えないんだ。だからここにも来れない。ケイタ自身も、このマンションには帰ってこない。」




言いようのない感情が俺を包んだ。冷たくて、悲しい何かが。



そのときわかった。俺が2人に会いたかった理由が。

ニボシがほしかったんじゃない。
さみしさを紛らわせたかったんじゃない。
ほんの気まぐれで、二人に構ってほしかったんじゃない。




幸せそうな2人を見たかったんだ。





状況はよくわからないけど、とりあえず男の方「ケイタ」に会えないということはハッキリとわかった。

きっと何かあったんだ。何があったかは、いつか彼女が言ってくれるだろう。



「ミケちゃん。」




今の俺にできること。

それは俺が彼女の側にいて、さみしさを紛らわさせてあげることなんじゃないかな、って思った。

ケイタの代わりに。

ケイタといたときみたいに、また笑ってほしいな。

俺にできるんなら、やってみたい。



「うちにおいでよ。1人だとさみしいでしょ?」




返事は決まっていた。

この2人と触れ合ったときから、俺の「野生」は消えて始めていたのだから。


俺は、人間ってのも悪くないなって思った。








END

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