あいのうた

□最後のラブレター
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毎日毎日、何十年もの間飽きるくらい顔を合わせていたよね私達。


だからこんな風に手紙を書くとき、少しだけ戸惑いを覚えるの。

手紙は日頃言えないことを―――例えば自分の葛藤だとか、迷いだとか、
そんなことを赤裸々に吐き出せる場所です。

感情表現が苦手だったあなたが好んでたよね。

私は今まであなたから沢山のラブレターをもらいました。

沢山の愛をもらいました。

沢山の思い出をもらいました。

今度は私の番。

私があなたに送る、最初で最後のラブレター。


ワープロの文章じゃ冷たい感じがするでしょう?

どうしてだろうね、直筆の手紙ってすごく温かいの。

最後だけでもあなたを温かく包んであげたいから。


だから、こうして手紙を書いているのです。












あなたとの出会いは、もう何十年前かしら。

若いときからずっとあなたは輝いていた。

何よりも踊ることが大好きだった。

いつも笑顔を絶やさなかった。

日々努力を惜しむ事無く、ただただ前を向いて歩いていた。

一見華奢に見られがちなあなただけれど、内に秘める思いは並大抵じゃなくて。

そんなあなたは私にとって恋人であったけれど、それと同時に憧れ、そして尊敬できる存在でした。

それは今もずっと変わらなくて。




恋を諦めていた私に
人生に疲れの兆しが見え始めた私に

何ていうのかな、

何かこう、光のような柔らかいものを与えてくれた。

木漏れ日みたいにとても温かい。




それから、

それからはずっと一緒。


君と一緒に、少しの基礎的なダンスステップと

オムライスの上手な作り方と、




恋を覚えた。




私達は本当に幸せだった。幸せだったけれど。



…勿論楽しいことばかりじゃなかった。




結婚しようって言われて、いざあなたが私の親ともめたときも

『大丈夫だから、俺に着いてきて。』



そのときに見た君の背中は、とてもとても大きく見えたの。

何て言ったらいいかわからないけど、今までに君はこの背中にどれほどの荷物を背負ってきたのだろうと。

職業柄、大変なこともたくさんあったろうに。


私は思ったの。
この人の荷物を少しでも軽くしてあげたい、という気持ちと
彼に着いていけば大丈夫だと、確信にも似た気持ちを。



そして君は私を選び、私も君を選んだ。






二人の子供に恵まれて、だけどその分苦労は付き物で。


『こいつらには俺と同じ道を歩ませたくない。』


あなたがここまで来ることも、こういう仕事をすることも、それを成功させることも
大変だったからこその父親なりの意見。

これを子供にぶつけて。


子供に好きな道を歩ませるべきと思っていた私とも、勿論衝突したよね。


あなたは頑固だから、絶対に自分の考えを曲げることはなかった。


どの選択が良かったか、何が正しかったかなんて
今ですらわからないけれど、
それでも私はこれでよかったと思っているよ。
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