あいのうた

□かざぐるま
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その綺麗な女性(ひと)は、かざぐるまを持って川岸に座っていた。




そう、ずっとずうっと前から。







僕はいよいよ尋ねた。

いつまでそうやって此処にいるおつもりですか、と。






女は、あの方が戻ってくるまでは此処を離れるつもりは御座いませんと答えた。






――約束したのです、あの方は必ず此処へやってきます、と。








河の流れは酷く穏やかだった。






女のふっさりと纏められた黒髪を飾るかんざしがシャリ、と鳴った。



柔らかく、そしてどこか頼りない風はこうして女のかんざしを揺らすために吹くのか。








女は、細々と言った。





このかざぐるまはあの方が私に下さった唯一のものです。





4つの羽を持つそれは、風に反応する度くるくるくると静かに回った。






風は、こうしてかざぐるまの羽を回すために吹くのか。





かざぐるまでもなく、


川岸に沈む砂利でもなく、



ただ、ひたすら待っている『あの方』しか見ていない彼女を見る度に



僕は不思議と堪らない気持ちになり、不意に女の手を取った。







『もう敵方はすぐ其処迄来ている。早く逃げなければ命が危うくなるばかりです。一緒に逃げましょう。』





女は暫く黙ったまま、僕の言葉をじいっと聞いていた。



それから渋々僕の後を着いてきたが、はたと急に立ち止まった。


彼女の履いている草履には、水を含んだ泥が付いていた。







『お気持ちは有り難いですが、やはり私は行けません。』




『待つことも、恋なのです。待っててはいけないのですか。』





すると女はまた座り込んでしまった。

強情な奴だと思った。










『あなたは早くこの場から去るべきです。戦をするという勤めが御座いますでしょう。
旅先で会った、たった一人の女の為に人生を左右されてはなりませぬ。』




さぁ、早く。








その瞬間に吹いた、柔らかい風に誘われるように僕はその場を後にした。


どこか遠くでバアンという火縄銃の鳴る音が、

微かだが聞こえた気がした。




そう、それははっきりと。













東から太陽が昇り、そして西に沈み。

また東から昇り。




それが何回か繰り返された後に、また女が恋人を待ち侘びているあの場所へ行った。





女は確か、河の流れの直ぐ傍の、

あの黒い大きな岩の影に座っていた。







―――あの方が戻ってくるまでは此処を離れるつもりは御座いません。――












女は、居なかった。







しかし、身代わりのように其処に居たのは
女が持っていたかざぐるまの羽だった。

二枚だけ、ばらばらになり落ち葉の如く地面に散らばっていた。


残りの二枚を探したが、辺りには無かった。












私は、女は死んだのかと思った。



この羽は、女を捕らえた敵方の男がかざぐるまを壊したときにバラバラになってしまったのか。

それとも待ちくたびれ女の理性の糸が切れ、気が狂ったときに衝動からバラバラにしてしまったのか。









羽をもぎ取られたかざぐるまは、

風が吹いても回り方を知らない。




そして、その残りの

今此処には無い二枚の羽が、何処にあるのか

女が持っているのか





それは、誰も知らない。









地面に置き去りにされた羽を手に取る。


ふんわりと、あのときと同じような風が吹いた。




風は、女のかんざしを揺らすために

かざぐるまを回すために。





きっとどこかで、

音もなく、ただ


ふんわりと。









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