心壊テディベア

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カツカツ、カツカツと無駄に長い廊下を早歩きで進む。その私の足音に被さって、少し低い音のカツカツ。




「なあなあ、俺の話聞いてくれよ」


「お断りします」


「そう言うなって」


「いま忙しいんで」


「俺ら婚約者だろ?」


「親が勝手に決めたね」


「俺は嬉しいぜ。ナディアみたいな美人をお嫁さんにもらえるの」


「私は嫌です。あなたみたいなナルシスト」





先ほどから私の後をついて回ってるこの男はリオン・リレスベン。少し前に私の婚約者になった。私より五歳も年上なのに子どもっぽくて自分勝手で自分を過大評価している人。確かに顔は整ってるけれど、どうもいけ好かない。まるで、そう、シリウス・ブラックみたいな。(シリウスの方がまだだいぶマシだ。)

自分の部屋の前まで来たところで、くるりと後ろを向いて青い瞳を睨み付ける。




「なんでついて来るんですか」


「ナディアと同じ時間を共有したいからさ」


「気持ち悪いです」


「嬉しいだろ?」


「大体私、あなたと結婚なんてしたくありません」


「知ってるぜ。どうせ、学校に好きな男でも居るんだろ?」


「…、」


「図星か」


「ちょっと黙ってください」


「なあ、ナディア──」



バタン!



思いきり扉を閉めた。向こうからくぐもったうめき声みたいなのが聞こえる。どうやら顔面に扉がぶつかったみたいだ。すると、すぐにまたノックされる。
私は扉越しに聞いた。





「何よ」


「そういえばさっき、あんたの母さんが呼んでたぜ」


「もっと早くに言いなさいよ!」






勢いよく扉を開けると、その男はまたくぐもった声を出して鼻を抑えていた。(またぶつかったのか。)



再び長い廊下を歩いて階段を下りる。重い扉を開けると、私の両親と女中のハンナがいた。私とリオンが入ってきたのを見て座るように促される。

二人が着席するのを確認すると、お母さんが微笑みながら静かに言った。




「結婚の日が決まったわ。二ヶ月後の24日。クリスマスイブよ」


「お母さん、」


「お母さまだ、ナディア」


「……お母さま、お父さま、私やっぱり結婚は…」


「なんだ、不安なのか?」


「いえ、そうでは…」


「ならいいじゃないか。相手も将来有望なわけだし。なあリオン君」


「はい。僕はナディアさんのような素敵な女性と結婚できることを嬉しく思います」





口調が全然違う。

この猫かぶりめ!そう思って睨み付けたが、にこりと営業スマイルで返された。




「じゃあ、それでいいわね」


「ナディア、何か質問とかあるか」



みんなみんな、私が逆らえないことを分かってて、こう言ってくるのだ。言ってみようか、嫌だと。結婚したくないと。

覚悟して口を開ける。それでも言葉が喉につっかえて出なかった。



「……ありません」




ああ、結局私は。







部屋へ戻ると、ふらふらとした足取りでベッドに向かい、そのまま倒れ込んだ。
ふう…、と息を吐くと、さっきまで溜め込んでいたものが溢れ出すような気がした。……いけない、つい感傷的になって泣きそうになる。本当に私らしくもない。

コンコン、と扉を叩く音がする。またリオンかと思い、無視を決め込もうとすれば、高い声が聞こえてきたので慌てて飛び起きた。




「お嬢様、ハンナです」


「入っていいわ」





紅茶の良い香りと共に入ってきたハンナは何か言いたげだったので、何かあったのと聞いてみた。
ハンナは杖を振って出した小さい机の上に紅茶を置くと、言いにくそうに口を開いた。




「……お嬢様は、それで良いのですか?」


「…なにが?」


「本当はご結婚なんてされたくないのでしょう?」


「……」


「私は、この屋敷に仕えてから五年間ずっとお嬢様を見てきました」






「お嬢様は、ずっと頑張ってこられた。もう充分ではないのですか?」




ずっと頑張って…そうかもしれない。私は頑張ってる。でも、それよりもお父さんとお母さんが。




「充分じゃないよ。私まだ…」




だって弟が。




「私はお嬢様の味方ですから辛い時はいつでも言ってくださいね。それでは失礼します」




すっかり冷めた紅茶を淹れ直してハンナは部屋から出て行った。

立ち上る湯気をじっと見つめる。湯気と同時に幼い頃の様々な出来事が一緒に甦ってくるようだ。



私には、弟がいた。弟は可愛かった。弟は両親に愛された。とても。私の方が気が利くし勉強だってできる。それなのに両親は弟ばかり愛した。
「失敗作」「出来損ない」私はそう呼ばれていた。なにが駄目だったの?私は弟のように何もしないことにした。そうすれば愛されると思った。駄目だった。「ナディアは何もしない」「使えない」と邪見にされた。そんな時、弟が事故で死んだ。もちろん悲しかった。でも、それよりも両親が私を愛してくれるかもしれないというのが先だった。

私は親の言うことに忠実になった。そうすれば親は機嫌がいい。私を見てくれる。「いい子ね」と言ってくれる。それでも、抱きしめられたり、頭を撫でてくれることはなかった。




「このまま結婚したら幸せになれるかしら」




私は愛されることをまだ望んでいるのかもしれない。

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