籠越しから見る空

□籠越しから見る空 1
1ページ/7ページ

今日も『普通で平凡』な日だった。
遅刻せずに学校にいって、午前中は真面目に授業を受けつつ、寝ている友達を起こしたり。
小テストが難しかったと昼休憩にお弁当を食べながらいつものメンバーで愚痴りあい、
放送で流れてくる流行の歌にCDを買ったの買ってないだの、次はこのアーティストのライブに行くんだとわいわい話し合う。

午後はお腹がいっぱいになった所為か眠気が増して、午前とは反対に起こされる側にまわり。
それが終われば決められた場所の掃除を済ませて、そして今、鞄を持って教室から出ようとしたときに、友人の一人に声をかけられた。


「逢夏、また明日ね!高校生活最後の文化祭の話し合いがあるんだから、休まないでよ!」
「はいはーい、わかってるよ!それじゃ、また明日ー。」


勉強道具は全部机の中、手に持つ鞄に入っているのはお菓子と携帯と財布とその他諸々ととても軽い。

ぶんぶんとそれを振り回しながら帰る。
慣れた通学路、変わりのない毎日。

変わりがなくて当たり前。
だって私は平凡な人間。
どこにでもいる様な、頭の良さも身体能力も容姿も全て『中の下』におさまってしまう人間。


漫画やアニメ、ゲームのヒロインみたいな特殊な生まれも特殊な体質もない私。
そんな私は『普通』の生活を愛してる。
『普通』が一番、『特別』など自分に似合うものではないし、似合いたいとも思わないし。
これからも愛しい『どこにでもあるような普通』の生活が待ってる。


…そう思っていたのに。
いつも変わらない家に帰った私は、そこで全て変わってしまった。


----------------------------------------


鞄から鍵を取り出し、掛けられた家の鍵を開ける。
夕方で光が差し込みにくく、どうしてもこの時間は薄暗くなってしまう廊下。
気味の悪い光景だけれど、慣れてしまった今はそれにも動じずいつもの日課をそこで呟いてみる。


「ただいまー。…って誰もいないんだよね。」


両親は共働きで帰りがとても遅い。
私には一人、妹がいるけれど、その妹は私と違って人付き合いが良いからきっと今頃部活だろう。
そんなことを考えているといつも通り、ご飯を待っているのだろう可愛がっているうちのアイドルの声がリビングの方から聞こえてきた。


「ネロ君、すぐにご飯あげるからあんまり騒いじゃダメだよ」


ネロと言うのはうちの猫の名前。
真っ白で青目のスコティッシュフォールド。
長毛種だからロングヘアフォールドの方がいいのかもしれないけれど。
自分以外の誰にもなつかないこの猫は貰った頃から変わらない不遜な態度に暴君みたいだという理由で『ネロ』と妹が付けた。
漁られないようにと廊下に置いていた餌皿に猫缶の中身を入れ、それを持ってリビングに行くと丸くなった白い姿があった。


「待ちに待ったご飯の時間だよー。」


金属でできたその皿で軽く床をカンカンと音を出して叩くが、いつもならそれでくるはずのネロが来ない。
部屋の隅っこでこちらに怯える様に身を固くしている。


「どうしたの?おいでよ。……分かった!何か悪いことしたの?ちょっとやそっとじゃ怒らないからこっちにおいで。」


安心させようと声をかけて手を伸ばせば、フシャーと威嚇をされた。
威嚇など一度もしたことがなかったのに。
でもそこで気がついた、興奮して大きく開かれた瞳孔が見つめる先は、私の後ろ。


「何…?」


振り返ったそこには小さな暗闇が広がっていて…無数の赤黒い目がこちらを見ていた。
その目の持ち主のモノなのか、口ぐちに見つけた、『ミツケタ』と呟く声がする。


…なにを『ミツケタ』の?
後ずさりしながら、それから距離をおこうとするとその闇から手が伸ばされ右腕を掴まれ、闇の中へと引っ張られた。
必死にそれに抗うものの向こうの力は強く、徐々に闇に体が近づく。


「いや…止めて!」


冷たいその闇と手から逃れようと尚も抵抗を続けていると、長い爪が肌に突き刺さり血がにじみ、
そこから何かが体に這入り込む様な感覚に思わず力が抜ける。
『抗ってはいけない』と突如その考えが頭に浮かんだ。


「なんで…離して!離してよ!」


そう叫んでいると今まで怯えていたネロは私を掴む手に噛みついた。
しかしその小さな牙ではそれ止めることができず、闇から出てきた他の手に小さな体は弾き飛ばされる。
バンッと大きな音を立てて壁に叩きつけられ、その痛みに大きな一声をあげると動かなくなってしまった。


「ネロ!」


あの猫は不遜な態度を取るものの体は弱い。
そうでなくても、相当な力で叩きつけられたのだから、きっとどこかに怪我をしてる。
助けようとぐったりとするその小さな白い体に手を伸ばすものの届かない。


絶対に助けるから無事でいて。
そう思った時には、既に私は闇の中へと閉じ込められていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ