籠越しから見る空

□籠越しから見る空 6
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窓から外を見れば未だ続く雨。
レディが言ったように既に2週間、弱まったり強まったりを繰り返して降り続けてた。
耳障りだとダンテもネロも言うけれど、私にとっては心地よく感じる雨音。
それに耳を澄ませていると瞼が重くなって目を閉じようとすると。


「眠いなら寝てこいよ。」


その声に驚いて頬杖をしていた頭が落ち、その途端に響く「ガツン」という音。
窓枠にぶつけた様で相変わらず痛くはなかったけど、衝撃で一瞬視界が揺るぐほど派手に頭を当ててしまった。
いきなり響いた音にネロとダンテは目を丸くして私をみる。


「何やってんだ?」
「いきなり話しかけられたから驚いたの!」


それに大きくため息をつくとこっちに来いと手招きをするネロ。
呼ばれた通り、隣に座るとぶつかった部分を優しく撫でられた。


「痛くないから大丈夫だよ?」
「そういう問題じゃない。一瞬目ぇ回してたの、ちゃんと見てたんだからな。」


ここで寝ればいい。
そう言って一回も顔をあげることなくネロは読書を続けた。
雨が降り始めてから一切私と目を合わせようとしないネロはそれと同時に窓に近づく事、外を見る事をしなくなった。


「本当に眠いわけじゃないんだけど。」
「なんだよそれ…。あんな状態になってたら眠いのか?としか思われようがないだろ。」


その声音は明らかに不機嫌。
全部雨が始まった時だから…もしかして。


「ネロは雨…」
「嫌いだ。」
「なんで?」
「…絶対笑うから…教えねぇ。」
「笑わないよ、約束する。」


そこでようやく目を合わせてくれた。
絶対か?と問う目に絶対!と目で返すと意を決したように口を開くその顔はますます不機嫌そうで、そして恥ずかしそうだった。


「髪とカエル」
「髪…カエル?」
「髪が柔らかいから、寝ぐせがなおらない。
 あと、雨降ってたらカエル出てくるだろ、あいつ…苦手なんだ。」
「そ…そっか。」


大真面目に話すのだから本当としか受け取り様がない。

確かに、髪の事は大雑把そうにみえて身だしなみにはとても厳しい彼にはすごく気になることで苦労しているのだろうし
カエル…あのぬめぬめとした肌と見た目から嫌がる人も多いと言えば多い…。

まぁ…どちらにせよ何やら女の子っぽい悩み。

ごめんね、ネロ。
約束したから顔には出さなかったけど、心の中では私、今ものすごく大笑いしてる。

心の中だけで表には出さない様にと笑いを必死にこらえながら、
やっぱり髪、柔らかいんだなーっと本人の口から出た言葉に納得していた。
前々から柔らかそうだと思って触ってみたかったのだけど中々その機会が巡ってこなくて…今がチャンスかもしれない。


「髪、触ってみていい?」
「…ぐしゃぐしゃにすんなよ。」


渋々降りた許可を得て触ってみれば、想像していたように柔らかい銀の綺麗な髪。
言われた通りぐしゃぐしゃにしない様に、目を閉じながら撫でているとまるで猫に触れているようだった。


「元気かな。」


不意に漏れた言葉。
…元気にしているかな。
怪我をしたり、病気になったりしてないかな。
ちゃんとみんなと仲良くしてるかな。
気難しいあの子のこと、きっと最後のは難しいかもしれないけど。


「猫か?」
「うん…。」


ここにきて既に3週間は経とうとしているけれど、向こうではどのくらい時間が流れているのか分からない。
もしかしたら、ここより倍の速さで進んでいるかもしれないし、遅く進んでいるかもしれない。

同じ時間が流れていたとしても、3週間は相当長い時間。
そんな中で向こうでは私はどういう扱いになってるのかな…。

…ただの家出扱い?
…自宅で連れ去られたと見られて誘拐扱い?

どちらにしても、家族や友人たちは心配していると思う。
どうにかして…向こうの様子をしれないかと考えてみるものの、結局『普通』の女子高生の頭じゃ思い浮かばない。

そんな考えに逢夏は無意識にため息をつくと、その頭に大きな手がまた乗せられた。

「目の前でため息つかれるとこっちも心配になるだろ?」
「あ…ごめんね。」
「いや、向こうの事を考えるなっていうのは無理なんだよな…。」

またやってしまった。
何気ない自分の言葉ですぐに落ち込んでしまうネロを見て、だから、自分の頬を両手でたたいた。
痛くはない、だけど
耳のすぐ傍で鳴る、パチンと乾いた音で気分は変えられるから。


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逢夏に言った雨の嫌いな理由などそんなもの嘘に決まっていた。
だからと言って雨を好いているわけではないが、こんなにまで嫌う事は今までしなかった。
雨の嫌いな本当の理由。


それは雨音は体を流れる血の音に似ている事。

胸を酷くざわつかせる。
特に逢夏が目の前にいる時はなおさらで、窓の外では…相変わらず赤い液体が流れているようにしか見えない。


雨音を聞いていると満月の夜以上に喉が渇く。
昼には生活音によってある程度衝動も抑えられるものの、夜には雨音しか響かない。
…早く止め。
抑えられている間に、止んでくれ。
そう願うのに雨は降り続け、血を求める本能は日毎に勢いを増す。

狂いそうになる。
いつまで耐えなければいけないのか分からない為に更に深みにはまって逃れられない。

そこに映った茶。


「ネロ、どうしたの?難しい顔してる…。」
「あ?…いや、考え事してた。」
「…何かあったらいってね。」


難しいと言ったけど、本当は苦しそうと言いたかった。
でもそれをいうのは躊躇われて、その苦しそうな顔がそれを言うなと言っているようで…。


何かあったら…と私が言った後は気の抜けた様に返事を返し、無言で更に苦しそうに見えた。

こんな時はそっとしておいた方がいい。
そう思って、ミネラルウォーターのボトルを目の前に置いて自室に戻ろうと階段の手すりに手を置く。

洗濯物を畳まないといけないし、掃除もしないといけない、やることがたくさんある。
邪魔ばかりしてはいられない。


「ダンテ、洗濯したものはいつも通りベッドの上に置いておくね。」
「あー、すまないな。」


洗濯物の話と一緒に二階に居るからと報告して階段を半分ほど上がったところだった。


「逢夏。…坊やのこと、あんまり気にするなよ。少し疲れてるだけなんだからな。」


ちらっと考え込むネロに視線をやりながらダンテが階下から小さな声で言う。


「分かってるよ。ゆっくり休ませてあげれればいいんだけど…難しいよね。」
「今気にするなっていったばかりだろ?休めるのに休まない坊やが悪い。」


私の事も心配しつつ、何だかんだとネロにも心配そうな顔をしながら優しく微笑むダンテは
気にすることじゃない。そうもう一度口にしてもといたデスクへと戻っていった。
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