籠越しから見る空

□籠越しから見る空 5
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この世界でレディにあんな事が出来るのは逢夏くらいだ。
両手で悔しそうに軽くではあるが何度も背を叩くなんて
本当のレディを知る奴らには怖くて出来るはずがない。

…でも、『本当』はこっちなのかもしれない気がした。
叩かれてもその仕草が面白いのか笑うレディはとても幸せそうに見えた。


「レディの嘘つきー!」
「嘘なんてついてないじゃない。言ったでしょ、『私達』は何もしないって。」
「言ったけど、仕事があるから起きるって知ってたんでしょ。お見通しでも何でもないよ!」


逢夏とレディがどんな話をして、こういう会話になったのかは知らないが…
お見通しなんだと思うぞ。
とそこでダンテとネロは心の中で同時に同じことを思っていた。

あの『電話』の件の事もあるし、逢夏が来る以前の事もある。
第一、依頼が入っているなど一言もレディには教えていない。

どこで聞いたんだかと空恐ろしくなりながら、依頼には行かないネロはぼーっと食事をとり、依頼に出かけるダンテは少々急ぎながら準備をしていた。


「貴方が急ぐなんて珍しい。…雨でも降るのかしら?」


その様子を嫌そうに見るレディにダンテは聞いている様な聞いていないような感じに雨は嫌だなと呟く。

レディの言い分も酷いけど、珍しいと言われた事を否定しないダンテ。
まぁ、確かに…。
マイペースそうなダンテが焦ったり、慌てたりするところはまだ見たことがないし、想像もできない。
だよね。と我関せずと雑誌を読みつつ食事をしていたネロに聞いてみた。


「なんでダンテは急いでるの?」
「トリッシュと依頼だから。」
「…だから?」


とそこで雑誌に向けられていた視線が真っ直ぐ私を見た。
何か怖い事があって、私の後ろにそんなものをみる様な眼。


「トリッシュはな、時間にすごく厳しいんだ。
 一度俺も数分、本当に数分遅れたんだけど……。」


言葉を区切りそこで悩んだ挙句、言いたくないと顔を雑誌で隠してしまった。
ネロがこういう事をするときはとりあえず『色々と酷かった』という事なので、これ以上の詮索は不要になる。
とそこでレディに文句を言い始めたことで忘れていたことを思い出した。


「あ、そういえばね。」
「なんだ?」


話が変わったからなのか隠していた顔を見せて首を傾げていた。
ほんのちょっと年上だけれど…こういう仕草が犬や猫の様でとても可愛い。って言ったら怒るかな。


「あのね、お礼が言いたかったの。昨夜はありがとう。」


もちろんダンテも!と急いでいる時に…と面倒そうな顔をしながら
レディと話すダンテにそう言うと言い表しようのない変な声が返ってきた。
困った様にじーっと私を見るネロがようやく口を開く。


「俺達、何もしてないけど。」
「それでも!トリッシュが昨日は大変だったろうからって教えてくれたから…。」


それにネロは顔を逸らし何か低い声で呟く。
私には聞こえない声、だけど明らかに誰かに対する文句には取れた。


離れた場所にいたレディとダンテには聞こえたようだった。


「余計なことばっかり言って、逢夏が夢の話…気にしたらどうすんだよ。」


苦笑しながら俺を見る二人を無視してトリッシュが帰ってきたら文句の一つでも言おう決めている時だった。
逸らした側にいたダンテが指をさす。
示された通り、その方、逢夏を見た。


「どうした?」
「ネロにはもう一つお礼を言わないといけないんだ。
 …夢の中でね、助けてくれてありがとう。」
「夢の中?」


簡単に夢の話をすると、覚えてないと一言返された。
やっぱり無意識だったようで、でも無意識なのに助けてくれた事がとても嬉しくて
もう一度お礼を言うと、困った様に頬を掻いていた。


と途端に青ざめた顔になる。


「ネロ?」
「逢夏。あのな…その…。夢で気付いてるかもしれないんだけどさ…。」


口を開き言葉を紡ごうとするも止め、それでもと何度も繰り返すネロ。
なんとなく言わんとしている事が分かった気がした。


「…左腕の刻印がネロのものだってこと?」


当たりだったらしく、先に言葉を拾って私が言うと驚いて、
すこし何かに怖がる様に小さく頭を縦に振る。


「全部俺の不注意だったんだ。
 今朝だって、逢夏に『命令』なんてするつもりじゃなかった。それなのに…。本当に…ごめん。」


項垂れるネロは私以上に私の事を気にかけてくれていてくれる。
気にしなくていいのに、私はこれでいいのに。


「ねぇ、ネロ。私、平気だよ?正直いうとね、嬉しいんだ。」
「嬉しいって…無理に「無理を言ってる訳じゃないし、嘘じゃないよ。」


本当に嬉しいんだよ。
なんでか分からないけれど…とっても嬉しいんだよ。

右の刻印は模様の通り冷たい鎖で心を縛られる様なのに、左の刻印は柔らかで温かな綿で包まれる様だと見るたびに思っていたから。
それはその左の刻印がネロのものだと分かる前からだった。


「ネロでよかった。だから、そんなに落ち込まないで、気にしないで。」


そんな顔されたら…苦しいよ。
我儘だけれど、いつものままでいて。
優しくて強いネロでいて。

そう思わずにはいられなかった。
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