籠越しから見る空

□籠越しから見る空 15
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"来ないで。"
拒絶するその声が耳から離れなくて、必死に頭から消そうとするのに余計にその言葉は染みついていく。
目の前に広げ見る両手は酷く震えていてそれが恐怖によるものだと気付いた時にはもう止めようがなかった。

そんな様子のネロの話を努めて冷静に聞いていたのはダンテとレディだった。
今まで見た事がないほどに平静さを失うネロに何があったのかを静かに問う。

「逢夏が、そう言ったのか。」

静かなダンテの問い掛けにネロはただ頷く。

「私が…私でいられなくなるの…。」

レディの声で繰り返された逢夏の言葉。
何を意味しているのか…それはもう分かっていて、自身に言い聞かせるようにもう一度レディは呟く。

「…失う事を知ってしまったのね。」

知らなければよかった事はけれどいつか知られてしまうと分かっていた事。
分かっていた事とはいえ、何処かで期待していたとトリッシュは口を開く。

「知らないままでいてくれればよかった、知らないままで笑っていられたらよかったのに…。」
「そう上手くはいかないってことか。」

とにかくと3人が視線を向けるのは、この状況でも何とか話を聞く余地を残すネロ。
しかしネロをどうにかしようとレディは口を開くがすぐに噤み、その様子にダンテも首を振るだけだった。
そこにそれを知ってトリッシュが事もなげにネロに近づく。

「逢夏はどうしてるの?」
「分からない…。」

逢夏という名前に過剰に反応を示すネロはそれでも問いに返すが、それに一層トリッシュは目を細める。

「そう。拒絶された貴方は気が動転して何も言えずに怯える逢夏を一人残して逃げ出したって事?」
「トリッシュ!」
「あら、いつもは逢夏の味方だったのに今日はネロの味方かしら?やけに都合よく優しいのね、ダンテ。」

いつになく辛辣なトリッシュはダンテを睨み黙らせると力なく項垂れたままのネロを見るが
…その声はとても柔らかいものになる。

「何か言ってあげられなかったの?俺は違うんだ…って。少しでも安心させてあげよう…そう思わなかったの?」

それが出来るのは拒絶されても貴方だけしかいないのに。と含まされた言葉。
…分かってる。トリッシュの言いたい事は分かってる。
その場所に居たいと、その場所に逢夏を置いておきたい。そう思っているのは他でもない俺なのに…。

「思ったさ…安心させてやりたかった!あんたが言うように、俺は違うって言いたかった!…けど…俺には、言えないんだ。」
「何故?」
「それは…。」

答えられないネロにトリッシュは聞き返しも問い直しもしない。ただ『何故』を答えるまで待っていた。
そこに、猫がこの空気に反した軽快な音を立てそこを歩き、何もかも知っているという様にネロの横に添った。

「主が意図して逢夏から感覚を一つ奪ったからだ。」
「…っ。」

猫のたった一言の解答に、ようやくネロは経緯を説明する為に口を開いた。

「…俺もよく分からない…。ただ…」

起き上がった逢夏の右手首を…眠っている間に広がっていた黒い刻印が視界をかすめて思わず抱きしめた。
その時にはどうしようもなく腹立たしくなっていて、湧き起こる負の感情が抑えきれなくなっていた。

このままだと"俺の贄"は他の奴に奪われる。
奪われたくない。奪われる訳にはいかない。ならばどうするのか?

………そんなの決まってるじゃないか。
奪ってしまえばいいんだ、感覚も感情も記憶も贄の何もかもを。

気付いた時には逢夏に拒絶されていて、"奪わないで。"と聞いた瞬間、徐々に俺自身が何をしたかはっきりとしていって…。

「今回は意図して奪った。だから、違うと言えなかった、そういうことか?」

言葉を区切って口を噤んだネロにダンテが問い、それには何度目かも分からない首肯で返された。
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