水月は紅の記憶に漂う

□魔具の話
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孤児院に帰ってきて、話が終わるなり私は真っ暗な自室で荷物をまとめた。
もちろん海月も忘れずに、今は水を一杯にいれたビニール袋の中に漂ってもらっておくこと。

「すぐに水槽に移してあげるから、苦しいかもしれないけど我慢してて。」

なるべく揺らさない様に慎重に抱えて走った先にはダンテとトリッシュがさっきから待っていてくれて
どちらともなく白み始めた空を見上げながら徹夜だ。と不意に漏らされた声が聞こえた。

「あの…遅くなってごめんなさい。」
「気にしなくていいの。女の子なんだから、準備するものは幾らでもあるでしょう?」

にっこりと笑ってくれたトリッシュは仕事が入ると徹夜はいつものことと付け加えながら私からカバンを取り上げる。
せっかく持ってくれるというのに、失礼だけれど入ってる物を思って取り上げ方に背筋が凍った。

「それ、水槽が入ってるの!だから…あんまり荒く扱わないで…下さい。」
「あら、そうだったの。意外に重いのはその所為だったのね。」

そんなことを言いながらも重たさなど微塵も感じさせないほど軽々と持ちながら数秒首を傾げ、ダンテの許にその荷物が渡る。

「という訳で、貴方が持ちなさい。」
「どういう訳なのか説明して貰いたいんだが…まぁいいさ。」

女子供に分かっていて重い物を持たせる趣味は無い。私に笑いかけながら言ってくれたダンテは先を歩き始める。
それに続いてトリッシュも歩き始めて…私もと一歩足を踏み出したんだけど。

「どうした?」
「…ちょっと、まって。」

振り返った孤児院。
嫌な思い出はたくさんあった。…けれど、今思えばいい思い出もあった気がした。

だから。

「ありがとう…ございました。」

一回お辞儀して、それからトリッシュの許に駆け寄った。
どうしてか涙が止まらなくて殺せなくなった嗚咽で呼吸が苦しくなってるとすごく優しく背を撫でてくれた。

その時に気付いた。
もう明け始めているけどこの晩は初めて泣いた日だって。
あと、泣いてこんなにも誰かに優しくされたのも初めてだということも。

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のんびり歩くこと十数分。
ようやく苦しいのも治まって普通になってきたんだけど…それではたと気づく海月の事。
強く抱きしめて時折水を激しく動かしてしまったからと心配したけれど…。

「…よかったぁ…。」
「クヴァレにとってそんなにその海月は大切なの?」
「うん。…可愛くない?」
「…それはどうかしら。」

じーっと見てくるトリッシュの目線まで持ち上げれば、見ていて飽きはしないかもしれない。と感想を告げられた。

「そうなの、見てて飽きないんだ。」
「なにか深い理由があるみたいに聞こえるんだけれど。」
「え?…そんなに深い理由は無いよ。ただ、…夢を見るだけ。」
「夢?」

とても興味深そうな声音。その後の無言はその夢の話を促す様に思えて、初めて他人に打ち明けてみた。
海月の夢。
水の中を海月になって漂う…蒼で満たされた夢。
そこまでは話しておいて、でもどうしても夢の最後は言えなくて伏せておいた。

「多分海月が好きだから見る夢なんだろうなって…。」
「そうかしら?その夢…貴女の魔具としての力に関係しているのかもしれないわ。」
「魔具としての…力?」
「えぇ、魔具は大体属性を持つものなの。」

属性を持つ魔具はその属性に関するものに強く惹かれ易い。
自身を魔具だと知らなくても無意識のうちに属性に類する物またそれ自体に強く惹かれているのでは?と。
夢の意味を一緒に考えてくれた。

「貴女の場合は水なのかもしれないわね。」
「だから、水月の夢?」
「そう、他に水に関して思い当たる事は無い?泳ぎが得意とか、水を通して何か分かるものがあるとか。」

トリッシュが指折り挙げる水に関すること。それを聞いてクヴァレは海月を見つつ首を傾げる。
そう言われてみれば、そうかもしれない。
泳ぎを知らないはずなのに泳げていたり、水の中の方が過ごし易いと思ったことが

「あったかも…。」
「なら、十中八九そうでしょうね。」

こうやってよく考えれば人とずれた感覚を持っていたなんてすぐに分かっただろうに、気付けただろうにって悔しくなったけれど

思ったの。

きっと私は知ってた。…でも、人間でいたかったから…見て見ぬふりをしていたんだって。
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