憧憬と見上げる空

□紛れ込む闇
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今日も今日とて買い物。
ただいつもとは違って日も暮れなずむ夕方のショッピング。
犬でもないのにリードを繋いだシャティを横に、荷物を受けとったところで「あぁ、そうだ。」と店員さんに呼び止められた。

「あなた、日本人って言ってたわよね?」
「?。はい、そうですけど。」
「最近、ここらへんのアジア出身の人が襲われてる事件が多いみたいなの。
 襲われた人は全員大した怪我はしてないみたいなんだけど、気をつけてね。」
「そうなんですか…。分かりました、ありがとうございます。」

愛想の良い笑みと柔らかく振られる手にお辞儀しながらマーケットを出る。
シャティの急ぎ足に合わせ、帰宅…の途中。
不意に、目の前の路地裏への入り口が何やら騒がしいのに気付いた。
野次馬だらけの人だかりとくるくると壁に反射している青いランプ。
何かあったんだろうか?とちょっと気になって人々の間から覗き見てみると
黄色いテープの向こうには黒いコートを着たアジア系の女性が1人と警官が数人。
女性の方は左腕を右手で押さえて、ヒステリックに何かを警察に叫んでいた。

何事だろう?
気になるのに、周りの人の声にかき消されて聞こえずじまい。
しかしそこに、事を見ていたらしい隣の男性2人の会話が聞こえてくる。

「路地裏に連れ込まれて刺されたらしいな。」
「またアジア人が被害者か。」
「アジア人の女ばかり狙ってるみたいだし、アジア人好きの男が犯人かもな。」
「いや、被害者の目撃情報だと男とは限らないらしい。」
「へー…。
 っと、お嬢ちゃん、もしかしてアジア人?最近物騒だから気をつけるんだぜ?」
「あ…。
 はい、お気遣いありがとうございます。」

いきなり、こちらに視線を向けた男性1人に声をかけられ、反射的に頷き返す。
そうしたところで、ぐいっとシャティがリードを引っ張った。
合わせた視線は『早く帰るぞ。』と厳しい口調で言わんばかり。

そんなシャティに従い、人だかりから抜け出、再び家路につく。
今度は先ほどよりも急ぎ足で。
何かあったのだろうか?とシャティの行動に心が急いて仕方がなかった。

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「傷害事件…。
 ……あぁ、あれか。」
「うん。
 今までに何度かあって、今日も被害にあった人がいるみたいなの。
 それに、…シャティが。」

夕食時。
ネロと食事をしながら、夕方のあの事件を話していると、部屋の隅の寝床で丸くなっていたシャティが耳をパタパタと数回振って反応を返してきた。

「あれは悪魔の仕業だって…。
 ねぇ、ネロ…悪魔で…傷害事件って…もしかして…。」
「……被害者はアジア系の女なんだろ?
 …だとしたら、そうだろうな。」

話を区切ったネロがじっと私を見つめる。
何を言わんとしているかはその前から分かっていたものの…
そう態度で示されてしまうと、少し、心が痛む。

「私の所為で…。」
「……悪い。
 でも、こういったのは俺だけどさ、そんなに思いつめるなよ。
 まだ被害者は全員軽傷で済んでる。
 悪魔が相手なら、その間に俺がなんとかするから。」

心配にさせてごめんな。
テーブル越しに伸ばされた大きな手。
優しく髪を梳いてくれるその手が、少しだけぎこちなく感じたのは私の気の所為だと思う事にした。
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