憧憬と見上げる空

□悪魔は幸せを背に嗤う
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ただでさえ冷え込む寒空の日は夕暮れとなるとさらに気温がぐっと下がった。
吐く息が白くなるのは当たり前。
もしかすると凍ってしまうんじゃないかと思ってしまうほどの寒さの中、ネロは一歩だけ足を踏み出し、振り返った。

「行ってくる。
 遅くなると思うから、絶対に待つなよ?
 外出も禁止だからな。」
「うん、わかってる。
 いってらっしゃい、気をつけてね。」

玄関まで見送りに出た私の髪を数回撫でたネロはこれから悪魔退治。

ネロは大丈夫だっていうけれど
その言葉は絶対だと信頼しているけれど
でも、やっぱり心配で仕方がなかった。

「…怪我、しないでね。」
「心配性だな、大丈夫だよ。」

『約束。』
そう呟いたネロの唇が、一瞬だけ私の頬に触れて離れる。
呆気にとられているとネロはにこりと微笑んでバイクを走らせ、あっという間にいなくなってしまった。

「ネロ…。」
「逢夏…、ネロが心配なのは分かるが、そろそろ入れ。
 今夜は冷え込む。」

寒さに体を膨らませたシャティは尻尾を大きく振り、戸締りを促す。
促された通り、家に入り、鍵を閉めると満足げに白猫は頷いた。

「今夜は新月だ。
 ほとんどの悪魔は大人しくしているだろう。
 が、用心に越したことはない、分かっているな?」
「うん…、一応。」
「それならばいいのだ。」

のしのしと風格のある歩き方をする猫はパチパチと火の粉が爆ぜる暖炉側へ。
近くのクッション入りバスケットにおさまり、目を閉じて静かとなる。
けれど…

「…シャティ…。」
「どうした?」
「変な…予感がするの。」
「予感?」
「…胸がざわざわして…、落ち着かなくて…。」

どうしよう。
そう問うとシャティはひらりとバスケットから飛び出、足元にすり寄った。
見上げてくる青い眼は優しさと厳しさが入り混じる寒空の空の様。

「…案ずるな、とは言わない。
 先ほども言っただろう?新月の晩といえど、何事も用心するに越したことはない。
 お前の出来る範囲で注意していればいい。」
「わかっ、た。」
「気負いはするな。
 今日は早めに食事を済ませ、寝た方が良いだろう。
 そうすれば、気がついた時には朝だ。」
「…そう、だね。」

返ってきたシャティの提案。
私はそれに頷くしかなかった。
それが今できる最善の策だと分かっていたから。

そんな方法じゃ、なんの解決にもならない
…って、頭のどこかから声が聞こえていても…。

すると、そんな私の考えを見透かす様にシャティは嘆息する。

「…すまぬな。
 主を失った我は未だお前の力を制御することはできても、力は中級の悪魔程度。
 何事も起きぬようにとすることだけで精いっぱいなのだ。」
「そんな!
 気にしないで、シャティ。
 シャティは良くしてくれてるもの…。」

しょげてしまったシャティを抱き上げると少ししてざらりとした下に頬を舐められた。
いきなりのことで、どうしたの?と問うと、シャティは言いにくそうに口を一瞬噤んだ後…一言だけ

「泣くな。
 ネロに叱られてしまう。」
「…えっ…?」

頬に触れてみると、指先には確かに冷たい雫の感触が。
どうして?なんで?
と、誰にともなく疑問の声を投げているとシャティはまた呟いた。

「理由を考えるな。
 それはまだ、お前に戻らぬ感覚なのだから。」

今は何も考えず、泣けばいい。
その言葉を聞いた瞬間…、震えが止まらなくなって
私はただ、シャティを抱きしめていた。
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