憧憬と見上げる空

□しのび寄る危機
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「ほら、食えるか?」
「うん…、ありがと。」

意外…でもないけれど、心配性なネロはあの夜から2週間経っても安静にする様にと言って聞いてくれなかった。

ネロの気持ちは良く分かってるつもり。
普通ならお腹を刺されて2週間でほぼ完治なんてあり得ないこと。

実際に、ネロとほぼ同じ魔力をもつノワールのおかげで傷自体は癒えているものの
動くまでの体力のない状況の今、ネロに反論してまで安静を拒否する理由は私になかった。
だから、ネロに言われるがままベッドでの生活を続けているわけ。
なのだけど…

「ネロ…、恥ずかしい。」
「誰もみてないのに何が恥ずかしいんだよ。」
「何かが!
 大丈夫だよ?食事くらい自分でできるから…。」
「わかってるよ、それくらい。
 今は俺がこうしたいんだ、だからさせろ。」

今のネロのはもう子ども扱い。
大分体力が戻った今でも食事もろくに1人でさせてくれなかった。

それは…確かに数日前までは起き上がる体力もなかったから嬉しかったけど…。

「…ネロ、過保護。」
「逢夏には過保護なくらいが丁度いいんだ。
 ほらっ。」

文句を言いながらも渋々開けた口に、少しだけ強引にリゾットが運ばれる。

恥ずかしいけれど、すごく美味しくて
元々お腹が減っていたのもあって、完食するとネロはやっぱり子ども扱いをして、ご褒美と言わんばかりに額にキスをしてきた。

「…ごちそーさまでした。」
「ん。
 だいぶ元気になってきたな。」
「もうっ…、さっきからそう言ってるでしょ?」
「悪い悪い。
 だけど…さ。」

ふと、私の目に映った悲しげだけれど苦笑にも似た笑みと
私の耳に届いた、怯え震える子どものような声。

「今になって、怖くなってきたんだ…。
 今が…、お前と過ごせる最後になるんじゃないかって。」

気がつくと、私はネロの腕の中にいた。
ネロは震えていて…
力を込めてしまいそうなのを必死に堪えてる、そんな抱きしめ方をしてきた。

「逢夏……お願いだ。
 俺がいない時に…俺を、おいていくような事だけはしないで…。
 絶対に、帰ってくるから…。」
「…うん。
 ネロはさびしがり屋さんだもの。
 心配しないでって、ちゃんと声かけていかないと…私も心配だよ。」

私の方から抱きしめ返すと、ようやく抱きしめてくれる力が少しだけ強くなった。
それが、いつものネロに少しだけ戻ってくれる合図の様で嬉しく感じた。
…そこに。
キィッとドアの開く音がする。

「だいじょーぶだって。
 次からは俺が逢夏を守るから。」

声を聞き、咄嗟に離れた私とネロの間に素早く分け入ったノワールの紅い目が一瞬だけキラリと光った。
今まで見てきたどんな悪魔の瞳よりも強い力を秘めたその輝きは、こう…続ける。

「俺は
 逢夏を絶対に傷つけさせない。
 誰にも逢夏に触れさせない。
 ネロよりも完璧に、逢夏を守ってみせるよ。
 だから安心して、ね?」

にっこりと笑うノワール。
その何も掴ませない笑みが…胸をざわつかせた。
彼が何を欲し、何を考えているのか。
二週間、毎日顔を出す彼を見ているはずなのに…何一つ分からない。

すると突然、目の前にあったノワールの紅目が素早く遠ざかった。
我に返るとそこにはノワールの襟首を持ち、捻り上げたネロが…。

「逢夏に近づくな。」
「はいはい…。
 じゃ、怒られるのもやだし、あんたがいるところでは止めとくよ。」
「俺がいなくてもだ!
 逢夏から半径1m以内にはいるなよ。」
「はぁ!?やだね!
 そんなの契約になかったし。
 大体、俺はあんたの命令に服従なんてしない。
 俺は契約の範囲内で俺のしたい様にする。」

ネロの手を振り払ったノワールは、居住まいを正す様に服を叩き、閉めていた窓を開け、窓枠に座りこんだ。
それから、はぁ…という大きなため息をひとつ。
唐突に、話を始める。

「それよりさ、聞いてくれよ。
 さっきまで逢夏の襲ったあの女悪魔とそのガキを探してたんだけど…」


*
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