憧憬と見上げる空

□深淵から声が響く
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まるで空がぽっかりと口を開けているかのように浮かぶ満月。
賑やかな街に背を向ける様に、静まりかえる裏路地。
ひそひそと交わされる声は、あまりに静かに、不気味に、微かに暗闇から響く。

『この街にいるってのは本当だったのか?』
『けっこう前からここらに住んでた女悪魔がいただろ?
 あいつが探しまわってたって聞いた。』
『そもそもなんで探しまわってたんだよ。
 そりゃ、本当にいるんなら欲しいけどな。』
『子どもの為だとか血相かいてたけど、それ以上の事はしらないわ。』
『んなことはどーだっていい!
 二週間前の夜、あいつから漂ってたあの匂い、間違いねぇだろ。』
『匂いって、血のことか?』
『俺はしらねぇけどな。
 けど、血ってことはあいつが仕留めたんじゃ…。』
『はぁ!?それじゃ、あいつの子が贄を手にいれたって言うの?
 まってよ、そんなの納得いかない!』
『おちつけ。
 聞くところによると、仕留めそこなったらしい。』
『その噂って?信用できるのか?』
『本人が言ったんだ、それも嘘を言えそうにないくらい焦った様子でな。
 9割方信用できる。』
『けど、あいつがしそこなったって…例のデビルハンターか?』
『いや、それが…』
「半分は違う、でも半分は当たり。」

数匹の悪魔が見知らぬ声に振りかえる。
声は今その場よりも更に奥まった路地裏から。
紅い一対の光が瞬く、悪魔が作りだす暗闇よりも遥か深淵。

「やっと見つけた。
 なぁ、その話、俺にも聞かせろよ。」

ジャリッと砂を踏む音を響かせ、微かに届く月明かりの元に出てきたノワールはにっこりと悪魔に微笑んだ。

「もちろんタダでとは言わない。
 俺が知ってる限りのあんたたちが探してる『贄』の情報をやる。
 だから俺に…あの女悪魔とガキの所在を教えろ。」

有無を言わせない冷たい声が地を這い、悪魔達の耳に届く。
ノワールに言葉を返す者は誰ひとりと存在せず、ただただ静まりかえっていた。

「へー、嬉しいな。
 自分の力量を良く分かってる奴ばかりでさ。
 そうだ…。
 あんまり嬉しいから、俺から情報をあげようかな?」

くすくすと無邪気な笑い声を上げながら、贄の情報を語るノワール。
しかし、悪魔達は誰も手放しでは喜んでいられなかった。

聞いてしまえば、そこは悪魔でさえ抜け出ることの出来ない深い深い闇の中。
それを悪魔達は知っていたから。

しかし、そんな悪魔達を知っていながら、無情にも悪魔でさえ畏怖する声が楽しげに響いた。
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