憧憬と見上げる空

□疎むものを失う夜
1ページ/5ページ

あの日から赤い破片を見なくなった。
代わりにネロはネロ自身の魔力で私を治す事を始めた。

だけど…知ってるはずだよね?
赤い破片に比べて、ネロの魔力では効率が悪いってこと。
治らないわけじゃない、けど…この方法はネロの魔力や体力を酷く消耗させるだけだって。

「どうして?」

とうとう私が胸の中で閉じ込めておけなくなった疑問を声にすると、ネロは辛そうで苦しそうな表情をして
私の頬を手のひらで包むと、小さくて…少しだけ震える声で

「もう、逢夏の苦しむ姿を見たくないんだ。」

とだけ答えてくれた。


でも…、それは私も同じ。

私の頬を包んでくれるネロの手に手を重ねて
いつもより幾分か低く感じた体温に涙が溢れそうになった。

ねぇ、ネロ。気付いて。
私も、…私だって、ネロが苦しんでる姿なんて見たくないんだってこと。

でも、"気付いて"なんて私の我儘。
声にしなければ伝わるわけもないと分かってた。
だけど、ネロの真剣な眼差しを前に言えるわけもなく…ずっと、黙ってた。

唯ひたすら沈黙を守って
ネロに言われるがままに
ネロが望むままに

私は笑ってた。

その間にも

「ネロ、無理しないで。
 まだ熱が…。」
「大丈夫だって。
 言っただろ、俺はそんなに柔じゃない。
 すぐ治る。」
「でもっ!」
「逢夏。
 …逢夏は自分の事だけ考えてればいいんだ。
 俺は大丈夫だから。」

とうとうネロは私の目から見ても明らかに調子を崩し始める。
原因はもちろん私自身。

私が止めないから
私の所為で

『もう、…やだよ。』

大好きな人をこんなにも苦しめながら私は生きてる。
傷ついて、傷つけるばかりで…2人で誓い合う前と何も変わってない。

『もう…、こんなの、見たくない…。』

こんな生き方しかできないくらいなら

消えてしまいたかった。
いつも決まってやってくる闇に溶けて
跡形もなく、消えていきたい。

密かに思う様になっていた。

そして…今日もそんなことを願った夜。
ふと心の隅を嫌な予感が過る。

それは辺りが濃い靄につつまれ、月が空で口角を上げ、不気味な笑みを浮かべる夜だった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ