白銀の想

□白銀の想 8
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フォルトゥナを出て、既に一カ月が経った。
ドカッとソファに座り込んだネロはそう思いながら視界の片隅に映ったカレンダーを見、しかし感慨にふける間も無く目を閉じる。

静まりかえった事務所一階で"暇だ"だの、"腕が鈍る"だの家主達に吹いていたのはここに来てからの2週間足らずの出来事。
そしてあれだけあまりの仕事の無さに干上がっていたデビルメイクライがかれこれ十数日間も依頼で溢れ返り
仕事の選り好みをする筈のバージルやダンテさえも休む暇なく出かけ
つい数日前にレインと依頼に出たばかりだったネロも一人で駆けずり回る始末となっていた。

そんな状況下でようやく手にした休み。
けれどそれもすぐに電話が鳴り響いてなくなるだろうという予感の中、耳を澄ませて拾った音は本当に微かな生活音。
自室に戻ればきっと聞こえないその音を敢えて聞きながら今ソファで休むのは少しでもレインと居たいと思うが故のことだった。

全てはあの廃村に現れる悪魔を退治した一件から。
あの日からレインとの会話を奪う様に電話が鳴り止まない日々が続き、
レインとだけではなく、その兄達やトリッシュとも最近話すことと言えば依頼の内容のみ。
ここまでくれば明らかに作為的なものを感じられず断れるものは断ろうとするのだが
差し迫った内容ばかりで放っておくことなどできず、結局請け負ってしまうという悩ましい悪循環が成立していた。

そうここ最近の事を考え直し、思わず大きく息をつくとそこに

「ベッドで休んだ方が疲れが取れる…よ?」

遠慮がちなレインの声がすぐ傍で聞こえた。
休んでいる最中の今に声をかけるか、それともすぐにでもちゃんと寝させた方がいいのか彼女なりに悩んでたのだろう、そんな声音。
薄らと目を開けると気遣いと心配が入り混じる表情が見え、それなのに

「ここだと電話がすぐ取れるだろ。」

尤もらしい答えを返し彼女に背を向けた。

今までなら普通に話せていたのに。
何故だかかける言葉が見つからず、まるで避けるかの様な言い方しかできない自分自身に腹が立って、瞼を強く閉じる。

「そっか…。そうだよね、邪魔してごめんなさい。」

暗闇で聞こえた震える声の後、ゆっくりと寝たふりをしていた自分に掛けられたものはタオルケット。
それからすぐに足音を極力立てないように静かにキッチンへと気配は消えていった。

「ごめん。」

聞こえなければ意味など無いと分かっているはずが無意識にその言葉が口をついて出るその時だった。

何もかもの元凶、忌まわしい電話の音が予感の通り鳴り響いた。
飛び起きてデスクに向かう際に音に怯えるようにキッチンから顔を出したレインと目が一瞬合う…が構わず受話器を取る。

「Devil May Cry。」

出ると受話器の向こうからは相当焦り、なにを言っているのか分からない声が。
唯一分かることはこれもまた断れない依頼だということ。
すぐに何とか場所を聞きだすと帰ってきた時のままだったレッドクイーンとブルーローズを手に取り
手早く準備を進めて、足早に扉のノブに手を伸ばした。

「いってらっしゃい。気をつけてね。」

何も告げず出ていこうとすると寂しさを押し殺したような声が後ろからかかる。
その声音はここ数日レインを夜に一人、事務所で留守番をさせる様になってから。
いつもの爛漫さも明るさもない暗く暗く沈んでいくレインに何もしてやれないことが苦しく
そんな胸を締め付けるほど辛さがこみ上げる声を振りきる様に何も返さないまま事務所を後にした。
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