白銀の想

□白銀の想 10
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既に深夜12時を回ろうとしている時分。
電気を落としているにも関わらず、レインの部屋は意外にも明るい。

窓からは満月が顔をのぞかせ、その白銀の月光が部屋に差し込み、銀の長髪を輝かせた。
カリカリと何かを引っ掻く様な音と共に揺れるその輝く銀糸。
音は数分とせず止み、むくりと立ちあがったレインはやや少ししてぎこちなく振り返った。

「見られてると恥ずかしいよ。」

ポツリと呟く彼女は自身が描いた陣の中央に立っていた。

この部屋で唯一の窓の中央に坐す満月。
満月の光を受けて延びるレインの影とキラキラと微かに輝く陣を形成する白い線と髪。
『得体のしれない儀式の始まり』と呼ぶには十分すぎる状況の中
そこに彼女が言う『恥ずかしい』の原因の声が響く。

「興味があるのだから仕方ないだろう。」
「そうよ、諦めなさい。
 魔力のみの魔具精製なんて滅多に見られるものではないもの。」

これから彼女が行う『得体のしれない儀式』に興味津津な4人が部屋の四方を囲む壁一辺を陣取る様に並んでいた。
しかしその4人の中でも特に食い入るように見つめるのはバージルとトリッシュである。

「…そんなに見るもの無いよ。」
「構わない。」
「私達はただ気になって見てるだけなんだから。」

とりあえずどう足掻こうとも『見物する』という選択肢しか選ばないらしい彼ら。
そんな彼らに一瞬だけ不満そうな表情を浮かべたレインだったが…

「そこから動いちゃだめだよ?」

そう言うなり、持っていたナイフで小さく白い手のひらを深く切りつけた。
月光に照らされ、赤く光りながら止めどなく溢れだす血は陣中央に滴り落ち、小さな液溜まりを作る。
傍から見れば痛々しい行為、しかし小さな唇は狼狽える様子もないまま、言葉を紡ぎ始めた。

紡がれる言葉は見聞きなどしたことのない調べ。
けれど、それを聞き、逸早く反応した人物が一人いた。
それは愕きに目を瞬かせ、彼女の声を聞き洩らすまいとする表情で聴き入るトリッシュ
その人。
その様子を見止めたネロは疑問を小さな声にする。

「なぁ、何の言葉だ?」
「たぶん…大昔魔界で使われていた言語よ。
 今では書ける者も読める者もいない様な古い言語。
 …正直、何を言ってるのか全く分からない。」
「なんでそんな言葉をレインが知ってるんだよ。」
「そんなの見当もつかないわ…。」

ネロは尚も言い募ろうとするが、静かにと制された。
仕方なく陣の方に移し替えた視線、するとそこにいた彼女の伸ばす手の先に大きな影が。
レインは大きな影に対しまっすぐ目を向けたまま、冷たく何かを呟き続ける。

まるで『下れ』と命令するかのような、そんな声が部屋に響く。
強く鳴るその声に同調するかのように陣は黒い輝きを発し、輝きが強くなるほどに影は屈服するようにその身をかがめる。

ようやくして影が完全に膝をつくような形になった瞬間、部屋がいきなり暗い光覆われた。
それに思わず、部屋にいた皆が目を閉じる。

「とりあえず、形はできたよ。」

レインの声を聞き、再び目を開けた時には今度は眩しい電気の光が目を射る。
しかしそれも少しすると慣れ、完全に目を開けると
レインの手には似つかわしくないほどに巨大な鎌が握られた光景を目の当たりにすることとなった。
鎌はまるで想像上の死神が持つもののようで想像と唯一違うところは、鎌全体が銀色に光っていることくらいだろうか。

「本当は血は使いたくなかったんだけどな…。」

生成した大鎌を興味深そうに見るバージルに預けたレインはぼやきながらも休む間もなく陣を消し、新しい陣を書き始めた。
彼女曰く、血を使うと『血が通う』と言う意味合いを持ち、自我のある魔具になることが多いのだとか。
もう少し魔力の解放が許されれば、自我を持たぬよう、自分の魔力をそのまま武器の形にするのだというという。

ただそのもう少しというのが非常に危険だったため、レインには折れてもらった…
というのがこの場の成り行きの原因である。

「自我があると使うの面倒なのか。」
「面倒も面倒。
 厄介なときが多々あるな。」

ふとした何気ないネロの疑問の声に答えたのはダンテ。
珍しくバージルも同意を表し、こくりと頷く。
色々と魔具は便利なこともあるが、その分、制御も難しいらしい。

「それにしてもすごいわ。」

バージルの手にある鎌を見ながら感嘆するトリッシュ。
その声に促されるようにネロが鎌に目を向けると、刃の部分と持ち手の部分に綺麗に何か紋様が施されていることに気付いた。

「この模様は?」
「契約する為のものだよ。
 そこに魔力と一緒に血を注ぐの。」

そうすれば完成。
と言ってバージルから鎌を受け取ると解放した魔力によって癒えた手の反対の手を傷つけた。
鎌を持ち、再び陣に立つレイン。
今度は先ほどの冷たい声ではなくとても優しい声で呪を紡ぎ始めた。

同時に鎌に刻まれた紋様を血でしとどに濡れた指先でなぞり
なぞられた部分には血が残ることなく、代わりに血が触れた先から紋様は鈍い金色に染まる。
それを見届けたレインの眼差しは、先の厳格そうなものから穏やかなものに変わった。

「これで全部お終い。」

持ってて、と今度はトリッシュに手渡し、床の陣を丁寧に消し始める。
せっせと片付けをするレイン。

その間にネロは鎌に視線を移した。
トリッシュが持っていても少し大き目に見える鎌、どう考えても小柄なレインが用いるには難しく見えた。

「これだけでかいと使いにくくないか?」
「ううん。
 私の血から作ったんだもの、力を解放すれば自分の手足同然だよ。」

独り言のように呟いた問いには、実にあっさりとした返答が返る。

「それにしても鎌、か…。
 剣とか普通の武器の形にしようとかは思わなかったのか?」

トリッシュから手渡された鎌を持ったダンテは、ひょいっと軽く鎌を振るい、首を傾げた。
手応えに疑問を抱く様なその所作は、普段の武器とは全く異なる勝手によるものの様にネロには見える。

「それは、…どんな武器がいいか思い浮かばなかったから、好きにさせたの。
 そしたらその形に収まっただけだから…、きっと鎌の形になりたかったんだよ。」
「…なるほどな。」

何を納得が言ったのか、頻りに頷くダンテからレインは鎌を受け取った。
既に力は抑えているのか、重そうにそれを引き摺り、なんとかといった風に壁へと立てかける。

ふぅ…。
と、疲れた一息を吐くレインは少々眠たげな表情。
それを見、そっと近づいたバージルは彼女を抱き上げ、ベッドに連れていった。

…さて、とりあえず
何故、レインが『魔具の精製』という大仕事をするに至ったか。
その経緯をご説明しよう。
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