籠越しから見る空

□籠越しから見る空 1
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『逃げるな!』
『この声に従わなければいけない。
 逃げてはいけない。』


2つの声が頭の中に響く。


「いや…いやぁ!」


逃げるなという声に応えてはいけないと直感では分かっているのに、どうしても『答えなくてはいけない』と口は動く。
逃げている時に切り付けられた左腕が痛む。
こんなに血を流したことは初めてでそれだけでパニックになってしまいそう。
加えて、今まで必死に我慢して逃げるがもう限界が迫っていた。

『中の下』の自分、体力、精神力にはそこそこの自信しかない。


捕まれば殺される。
その恐怖だけで2つの声を無視し必死に身を前へ前へと動かす。
そこに一瞬視界の隅に赤いものが映った気がしたが、振り返り確かめることもせずに走った。

あの恐ろしい声とは違う他の声が聞こえた気もした…でも足を止めることが出来ない、止めてしまえば…死んでしまう。


その一心で『悪魔』という生き物が溢れかえる路地裏をはしる。
なんで、そこで自分がこれらを『悪魔』と知っているのか…この時は知る由もなかった。

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あまりに必死で気付かなかったのか、助けようとそちらに走ったダンテに気付かず通り過ぎる少女の腕にダンテは釘づけになった。
…しかし詳しくは腕ではなく、そこから流れる血。
厄介なことになったと思いつつ、後ろを走るネロに叫ぶ。


「坊や、あの子確保だ!急げ!」
「は?おい、まてって!」


返答を待たずに、黒髪の子を追いかけてきた一気に悪魔を斬り伏せるダンテ。
ここは任せるのが一番。
言われた通りに元来た道を振り返ると既にその姿は無く、点々と落ちる血の後を頼りに前へ進む。
…嫌に甘く薫るその血に反応して光る右腕に違和感を感じながら迷うことなく路地を曲がると
そこには追い詰められ動けなくなった追いかけていた人物がいた。


傷つけようと剣を振り下ろすわけではなく、捕まえようとしているのか手を伸ばそうとしていた悪魔にいつも通り二発、銃弾を見舞う。
その銃声に驚いたのかぎゅっと目をつぶり、耳を塞ぐ黒髪の女。
それでいい。
今は右腕を隠してはいないし、何よりこういうものを目にするにはあまりに弱そうなその人物。


「こーいう『おいた』をする奴らはお仕置きしなきゃな。」


落ち着かない右腕に呼応するように、高揚する気分。
にぃと不敵に口端を吊り上げ笑い、本来の仕事、依頼の内容に戻る。


いつもよりも動きも感も全てがキレているような気がした。
弱い悪魔を蹴散らすことに、そうして自分の力を誇示することに何にも代えがたい喜びを感じていた。
いけないと思うが、気持ちがついていかずただその喜びに流されて…。

気がつくと周りには一体も悪魔はいなくなっていた。
その瞬間、頭の隅で変に冷静な自分が先ほどまでの自分の行動を責める。


『もし『あれ』に弾や剣撃が当たっていたらどうするつもりだ。『あれ』が死んでは得られるものも得られなくなるぞ。』


と。
どういうことだとその言葉の意味するものが分からず、とりあえず先ほどまでの気分から落ち着き脱せたネロは蹲る少女に視線を向ける。


「…あんた、大丈夫か?」


右腕をコートで隠し、左手を伸ばす。
それに、ばっと上げられた顔は、髪からも想像したように東洋人のもの。
まさか…言葉が通じないとかないよな?と不安に思いつつももう一度声をかけようとすると
今の状況に安心したのか震えていた細い体は深く傷を負っている左側を下に傾いた。


「お、おい!」


その体が地に着く前に倒れた向きによって咄嗟に右手で支えた時だった。
彼女の血に触れた右手が強く光る。
最近には無かったその反応に驚き、手を離すと今度はいつの間にか来ていたのか
ダンテが血に触れないように深紅のコートで包む様にして地面に倒れ込む前にその子を受け止めた。
開かれた口から漏れたのは軽くこちらに呆れた様な声。


「女の子には優しくしないとな。」
「…わりぃ。けど…右手が…。」
「そりゃそうだ。随分厄介なもん見つけちまった。」


気を失ってしまった少女を抱き上げ事務所に帰ろうとするダンテ。
その顔はこれから起こる不穏な出来事を予見しているかのような不機嫌そうなものだった。
そしてもう一言呟く。


「少しばかり面倒なことになりそうだな。」


それがまだ分からないネロはその言葉に疑問をもち、眉を寄せるだけ。
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