籠越しから見る空

□籠越しから見る空 4
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淡い黄色の光を放つ月。
降り注ぐその光はなぜか残酷なものに感じて…
月が空高く上り光が増すほど、遠くにいた何かが近づいてくる気がしてとても恐ろしかった。


行かなければならないと心が責め立てられて苦しい。
何処に行かなければいけないのかなんてわからないのに。


「どうしたの?」
『なんでもないよ。…ちょっと苦しいだけ。』


満月の今夜は事務所内でも声を出してはいけない。
月が見える間は部屋から出てはいけない。

それは苦痛ではないけれど不安になって
苦しいのに眼が離せない月の光を浴びているとさらに不安になって…。
そうしていると横で心配そうな顔をしていたレディがカーテンを閉めてそれを遮ってくれた。



「もう寝ましょう?不安になるのに月を見ていても仕方ないわ。」
『うん…。そうだね。』


意味がないと分かっているのに不安からシーツを頭からかぶって丸くなっていると、私の背をレディはあやす様に優しく叩く。


「逢夏は一人じゃないわ。私がいる、私が守るから。」


全て委ねたくなるような柔らかい声。
その優しさが嬉しくて包まるシーツから手だけ伸ばしてレディの手をなぞる。


『ありがとう。でも無理はしちゃいやだよ。』


といきなりバンと強く背を叩かれた。


「大丈夫。私、無理はしない主義なの。しない主義っていうより、嫌いなのよ。だから安心して。」
『そっか。…レディの声って不思議、聞いてたらすっごく落ち着くの…。』
「そう。それじゃあ…落ち着くのなら寝てくれるかしら?もう夜も遅いから。」
『うん、おやすみなさい。』


言葉に促されて瞼を閉じれば…落ち着きを取り戻して温かさに包まれていた心が急に冷えた。
底知れぬ闇に引きずり込まれるように眠りとは違う速さで意識が遠のいていく。


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気付くと天も地も分からない場所に私は漂っていた。
白でも黒でも何でもない世界。
なんだかこの世界はとても気持ち悪い。
早く出て行きたいのに体は動いてくれないし…
ぼんやりと思考は漂うだけでようやく辿りついた考えもするすると頭から飛んでいく。
そこに『絶対』の声が響いた。


「お前は何処にいる?」


…この声、何処かで聞いたことがある。
どこだったっけ?…思い出せない。

そう考えているともう一度その声が聞こえた。


「『答えろ』。お前は『何処』にいる?」
「はい…。私は…。」


直感とその声の口調が告げる…これは『命令』だ。
私にはこの『命令』に答える『義務』がある。
気持ち悪さで朦朧とする意識の中、何故か『命令に従わなければならない』という思いははっきりしていて、口を開きその声に答えようとした。


「私は…。」
「応えるな!」


さっきとは違う声によってもう一つの『命令』が飛ぶ。
それによって言おうとしていた口は閉じた。

こっちの声も聞き覚えがある。
『誰』の声だっけ?…やっぱり思い出せない。
どちらの声も聞き覚えがあるのに。
何時何処で聞いたのか、全く思い出せない。


さっきから『思い出せない』ばかりだなぁ…。
なんで何だろう?

すぐにこの答えだけは頭に浮かんだ。

…あぁ、そうか。
そんなことは今はどうでもいいからだ。
私はただ『命令』に従っていれば、それでいいんだ。
私に…『考える事』は必要はない。
必要なのは『主』の言葉に忠実に『従う事』だけ。


「貴様…余計な邪魔立てを!小娘、あれの声は聞くな。私の声に答えるのだ!」
「はい。」
「あいつの言葉を聞くな!俺の声を聞け、逢夏!」
「はい。」


言い争う2つの声。
『答えろ』『応えるな』
『聞け』『聞くな』
どんな事を言われようとも、私は『どちら』の『命令』も聞かなくてはいけない。


二つの声の狭間の中ただ心を漂わせていると、そこにもう一つ、ようやく誰のものか分かる声が聞こえてきた。


…レディが呼んでる。


「逢夏!しっかりして!」
「レ…ディ…?」


返した返答にようやく起きたかとほっと息をつくレディ。
思わず出してしまった声に人差し指を当てて静かにと注意を受けてしまった。


「驚いたわ…。さっきから『はい。』って繰り返すんだもの。」
『そうだったの?ごめんなさい。』
「いいのよ。…なにか変な夢でも見たの?」


そう聞かれ思い出そうとするものの、どんな夢を見ていたのかすら記憶にはなかった。
ただ…次また瞼を閉じてしまう事が怖い。


『覚えてないの。でも…目を閉じるのが…怖いよ。』
「覚えてないなら無理やり思い出す必要はないわ。目を閉じるのが怖いなら起きていればいいの。
 お話してましょう、日が昇るまで、怖くなくなるまで…ね?」
『うん。ありがとう…レディ。』


怖くない、私がここにいる。
そう言ってくれたレディも少し震えてた。
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