籠越しから見る空

□籠越しから見る空 6
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部屋干ししていた物を取り込んで一旦自室に運んだ。
4人分、結構な量があるけれどすっかり慣れた。

慣れたと言えば大きな服をたたむ事もそう。
他には最初からトリッシュと私の服は分かっていたけれど、
ダンテとネロの物の判別はつかなかったのにどちらの服か分かるようになった事。


そうやって慣れていくとあちこち細かいところまで目がいくようになるもので、ネロの服の端に糸の解れを見つけた。


「…鋏どこかな。」


裁縫箱は近くに置いていたはずなのだけど見当たらない。
あちこち見て回るけど見慣れた箱の姿は一向に見えない。

と、探していたものは棚の少し高めの場所に収めてあった。
そういえば、トリッシュが何かするとかで持っていっていたような…、いつの間にか返してきてくれたんだ。


必死に背伸びをして手を伸ばすと、箱の姿は見えないながらも端を触る事が出来た。
そのまま手さぐりでこちらに手繰り寄ようと一旦箱から手を離して更に奥へと手を伸ばした時。

人差し指に何か刺さる様な圧迫感に似たものを感じた。

違和感に裁縫箱を諦め、手を戻すと人差し指には大きな木のささくれ。


「…本当だったら痛かっただろうな。」


痛くない。
窓枠に頭をぶつけた時もそうだ、あんなに嫌だと思っていた感覚も失ってしまえば恋しくなる。

『痛い』と普通に言える事が羨ましくなる。

いつになったら戻ってくれるんだろう。
そう思いながらささくれを引きぬくと見た目より深かったのか血が溢れだした。
大急ぎで近くにあった畳んでいないハンカチで押さえたけれど中々止まってくれない。

痛くない事で傷の深さも分からなくて、それでも想像以上に流れる血の量に驚いて
赤く濡れそぼるハンカチを見ていることしかできなかった。


そこに、ギィっと戸が軋む音。
ふとその方を見ると、ふらふらと覚束ない足取りで顔を下に向けたまま向かってくるネロが。


「どうしたの…?何処か具合でも悪いの?」


血を見せない様にと怪我した手を後ろに回して隠しながら問うが、ネロは一言も答えない。

それより、苦しそう、そう心配に思っているはずなのに
ゆっくりと一歩ずつ着実に近づくネロに漠然とした恐怖を感じた。

その恐怖が教えてくれる。
今の彼は…ネロじゃないって。


「ネロ…なの?」


その声にようやく答えるようにあげられた顔。
真っ先に見る、いつもの穏やかな碧い目は得体のしれない感情を表すような紅に染まっていた。


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もうやめよう。そう思って顔をあげれば目の前にはミネラルウォーターのボトルが。


「いつの間に…。」
「逢夏が持って来た。お前が変に思い詰めたような顔してるからだぞ?」


逢夏を心配することはあっても、心配されるようなことはするなとダンテが言う。
それはそうだ、逢夏の精神状態で悪魔に付け込まれやすくなったりそうでなかったり波が出ることはよく知ってる。
身を持って知っているはずだった。


「悪い…。」
「だったら、なんでもないって逢夏に言ってやることだな。後…少し休んで来い。」
「いいのか?」
「あぁ、トリッシュもいるし、俺もいる。」


早く行けと顎で上に上がる様に指示され、喉の渇きを水で誤魔化して二階に上がった時だった。


『血の匂いがする。』


その香りに心臓が跳ねあがる。
ついさっき水で潤ったはずの喉が急激にまた渇く。

きっと今これにはダンテもトリッシュも気付いていない。
あまりに微か過ぎて、上手く自身の力をコントロールできる二人には心を留めずにいるには楽な本当に微かな香り。
先ほどから不安定だった俺とは違う。

いくなと言うのに、足は勝手に逢夏の部屋へと進む。
ドアノブに手をかけた時には理性などすべて吹き飛んでいた。

開けた先にいたのは…薫りの元凶。
『俺の贄』。

心配するように俺に声をかけた『贄』は何かに気づいたように離れようと後ずさる。

それに逃げるなと命令を下せば、その動きを止めた。

助けを呼ぼうと口を開く『贄』に声を出すなと命令を下せば、大人しくなった。

左腕に目を向ければ、服で隠そうとも見えるのは自らの所有の証。
じわじわとその色を強め、少しずつ今それはその範囲を広めていた。

それが嬉しくて堪らない。
本来ならば、時間をかけなければいけない。
それは分かっている。

けれどもう…抑えていた衝動は止められない。


『俺』は『贄』をそのまま押し倒した。
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