水月は紅の記憶に漂う

□受容の話
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グッと泣きだしそうなのを堪え、とりあえずまだ昼食の準備をするには早過ぎるため言われた通り掃除をすることにし
昨日部屋に置きっぱなしにしていたモップや乾かしていた布巾などを準備していざと部屋の隅に堆く積み上げられたゴミの山を睨みつけようとした…のだが

"おい!"

誰かに呼ばれた気がした。
幻聴かと一瞬思ったもののそれは違うと反射的に直感が切り捨てる。
…じゃあ、どこから聞こえたのか。
それを知るべく自信のある聴覚を頼りに声の余韻を頼るとそこはゴミの山に隠れる様にしてあった扉の先からのよう。
けれど、そこに人間はおろか生き物の気配すらない…はず、なのだが。

「誰…?」
 "それよりも急ぎこちへ、これ以上耐えるに敵わぬ状況なのだ。"

独り言の問い掛けに返された声は先ほどのものと同じ、それにしても随分と古く偉そうで、…変な言葉だと少し反感を覚えなくもないが
耐えるに敵わないってことはこれ以上耐えられないって言っている訳で
ゴミ山を崩して現れたドアノブを恐る恐る触れ、回し押して足を踏み入れるとそこは…

部屋の前以上の惨状が広がる場所があった。

「なに?これ…」

こんなの何処から手をつけていいのか分からない。
それに大体ここは変だ、何か…変。
変なの、ここの感覚は初めてのもののはずなのに…

「懐かしい…?」
"そんなことを言ってる場合ではない!早くなんとかしろ!"
「な!?なんとかしろって、それって人に物を頼む態度!?」

怒鳴り声が上がった場所はこの荷物の下だ。
もちろん、荷物の下に人や生き物がすむわけもない……という事はもしかして、この声の主は…。

"なにが人だ、お前も我らと同じ魔具ではないか。"
「!。それは……私…。」
"………まだ、受け入れられていなかったのか。"
「…。」
"まぁいい。……とりあえずだ、早く何とかしてくれ。"

頼む。といきなり柔らかく優しくなった声音に、何故か逆らいきれずに積み上げられたダンボールを押しのけ声の主を探していると埃まみれのヌンチャク…というのだろうか、そんな武器が出てきた。
そこらにあった布でこびり付く埃を拭うと綺麗な蒼銀の表面が光る。

「さっきからの声は貴方で間違えない…?」
"あぁ。……礼を言おう。助かった。"

本当は主の許しがいるのだが。とそんな言葉の後、その武器は大きな犬に姿を変えた。
といっても頭が三つあってその時点で普通の犬とは大きく違うのだが…そうだ本で読んだことがあるあれに似てる。
冥界、地獄の番犬…

「…貴方はもしかして…ケルベロス…?」
「左様。そういうお前はクヴァレだろう?昨夜から話は聞いていた。」

見上げ続けるのは辛いからしゃがめなどと命令してくるところや使う言葉も喋り方もどこか偉そうに聞こえるところが流石は悪魔と思いつつ
云われるがまましゃがむとケルベロスはぐるぐると低く唸りながら肩に頭をすりつけてくる。
それにまるで人懐こい犬の様だとその黒い毛並みを撫でているとケルベロスも一層笑みを深くして、柔らかい鼻先を頬に近づけてきた。

「やはり思っていた通り、お前の傍らは居心地が良いな。」
「?。」
「お前は自らの属性を知っているだろう?それと同じように我らも氷の属性を持つ。
氷は水なしでは存在しえない、故にお前が放つ水の気が心地いいのだ。」

心地よさを感じるなどここ十数年なかったと愚痴る様に呟くとぎゅぅと深くもたれ掛かってくるケルベロス。
その間感じるのは分厚い毛皮にしてはひんやりとした感触とその心地よい冷たさとは別に感じるまたあの変な懐古的な感覚。
それはケルベロスからも、そしてこの部屋からも…。

「あの…ケルベロス。ここは一体…。」
「ここか?ここは我らの様な魔具を置いている所謂物置だ。」
「物…、置?」
「あまり大きな声で話すな、他の魔具は寝ているのでな。」
「…うん。」

返事はしたけれどあまり内容は頭に入ってなかった。
だって不思議なんだ。
やっぱり私が魔具だからなのかな…すごく精神的にケルベロスの存在が、近い。
こんなに近いと感じたのは、あの蒼い短剣以来で、なぜかすごく…すごく不思議で、すごく変で、すごく幸せに感じるの。
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