憧憬と見上げる空

□深淵から声が響く
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少し風が涼やかで、でも降り注ぐ日差しは暖かな清々しい朝。

ぼぉ…と外を見ているといきなり頬がつねられた。

「ぷぁっ!?」
「さっきから呼んでたんだけど…なにしてるんだ?」

頬をつねる指の元を見上げるとそこには苦笑するネロがいた。
どうした?と聞きたそうに優しい微笑みを浮かべて小首を傾げながら私の頬から手を離す。

「…空、みてただけ。」
「で?」
「で?…て、なに?」
「何って。
 お前が空を見てる時は何かしら悩んでる時だってこと、俺、ちゃんと知ってるんだからな。」
「……そ、うなの?」
「そうなの。」

頷きながら近くのテーブルに座りこんだネロは
私の瞳を覗き込むようにもう一度首を傾げ
私の心を見透かすかのように真っ直ぐに見つめてくる。

それは
気になることがあるなら
1人で考え込むくらいなら
俺に相談しろの合図。

だから、今、私の目に映るのは『ネロ』のはず。
でも…一瞬だけ、そこにいるのが『ノワール』に見えて
…その一瞬だけ、何かに心が嫌がるように心臓が大きく脈打った。

けど、異様な鼓動に気取られていてもやっぱり私の目の前にあったのは空の青。

「……。」
「どうした?
 もしかして、俺に相談できないこと?」
「!
 ううん、違うよ!」
「じゃあ、言ってみろよ。」
「う、うーん…。」

なんで、あの一瞬で『ネロ』と『ノワール』を見間違えたのかは分からない。
でも、ネロに相談したら絶対に機嫌を悪くする。
それにあまりにも一瞬だったから、…大丈夫だよね?

だから
言わないでおこう、と決めた。

…のだけど
実はね、さっきまで考えていたことはネロが考えてるほど深刻なことじゃなかったんだよ?
とも言えなくて、少しだけ悩んでた。

でも、そんな私の気も知らないで部屋に"ぐぅぅ…"と小さな音がこだましてしまう。

「〜〜〜〜〜っ!
 あああ…あの、あのね、ネロ!」
「お前、もしかして…。」
「う、…そう…なの。
 お腹減ったなぁって、考えてただけで……。」

厳密には、空に浮かぶ雲が食べ物に見えて、今日の昼食は何にしようかな?と考えていただけ。

それで私が口ごもっていると、思った通りネロは顔に手を当て、声を押し殺して笑い始める。
そんなに面白い?と聞きたいところだけれど聞かずにいた。
でも、あんまりにもネロが笑い続けるから…

「そんなに、……笑わないで。」
「悪い悪い、だってさ…!
 あー、心配して損したな。」
「勝手に心配したくせに…。」

恥ずかしくて、顔を伏せてネロが笑い終わるのを待ってた。
すると…前触れもなく、そっと肩にかけていたストールがとり去られる。
顔をあげるとネロが丁寧にストールをたたんでいるところで、たたみ終わったそれをソファに放ると私の手をとった。

「な、…なに?」
「出掛けようか。
 腹減ったんだろ?
 丁度いいから昼は外で、な?」

あの夜から一度も外に出さなかったけど、もう全快みたいだし今日でおわり。
ごめんな、ずっと閉じ込めてて。

ネロは謝りながら、私の手を大きな両手で優しく包む。
切なくも悲しげな表情を浮かべながら。

その表情は見ていると泣きそうになった。
どうしてネロがそんな表情をしなくてはいけないのか。
ネロは悪くないのに。
…私が彼にこんな思いをさせているんだって。

だから手を握り返して、笑顔で頷いた。

私は幸せなの。
貴方が傍にいてくれるから嬉しいの。
貴方が守ってくれるから笑顔でいれるの。

ささやかだけれど、私にできる精いっぱいの感謝を伝えたくて。

「…なぁ、逢夏。」
「なぁに?」
「すぐに出掛けようか。
 笑い過ぎたら腹減った。」
「うん!」

きっと、私の気持ちをネロはすぐに汲んでくれたんだと思う。
だって、今はすごく幸せそうに笑ってくれているから。
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