憧憬と見上げる空

□満ちては欠ける
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呼ばれた気がして目を開けると目の前にはネロがいた。
部屋は少し薄暗くて、窓を見ると日が暮れ始めた頃、17時半を過ぎたくらいだということが分かった。

17時…?
ネロと出掛けて、食事をして、買い物をして、それで…。
思い出そうとしたけれど、最後の記憶は14時辺りでぷっつりと切れてた。
不自然だと思うくらい、綺麗に。

「いきなり倒れたんだってさ。」
「え?」
「だから、買い物してた時に受け取るものがあるからって俺から離れただろ?
 あの後、店に着いて少ししたら倒れたんだって店の人に聞いた。」
「そう、なんだ。」

言われてみればそうだった気がした。
でも…なんで私はネロから離れようとしたんだろう。

私…あのお店には何も…受け取るものなんてないはずなのに。

考えていると気味が悪くなった。
頭の中にある記憶が…全てちぐはぐでかみ合わなくて
私が何をして、何を見聞きしたのか…それがいつのことだったのか全く分からなくなってく。

でも、今はそんなことより…

「そっか…。
 心配させてごめんね?
 もう大丈夫だから、…そうだ!ご飯作らなきゃ!」
「いや、作らなくていい。
 もう少し休んで…」
「ううん。
 本当に大丈夫だから。
 約束したでしょ?今日は私がご飯作るって。」

苦しんでいるように見えた。

ネロが今私に見せている心配そうな笑顔、それがネロが今できる一番の笑顔で
今この人を1人で俯かせてはいけない。
今この人を1人にしていけない。
もしそうしてしまったら…きっと、そのまま一生離れ離れになってしまう。
そう、なんとなく思えた。

そんな今、私にできることはそっとネロに両手を伸ばすことだけ。
伸ばした手を両頬に沿えると、ネロの優しげな表情がゆっくりと崩れてく。

ねぇ、ネロ。

「泣いてていいよ。
 大丈夫、今は泣いていいの。」

出来るだけ優しくかけた言葉。
すると、ネロは声を押し殺そうとしながらでも押し殺せないまま
急に私を強く抱きしめ泣き始めた。

泣きじゃくるその姿はまるで子どものようだった。

辛くて辛くてたまらないのを堪え切れなくなって
痛くて痛くて苦しいのを声にしないとやりきれなくなった

感情を押し殺しきれなくなった、ネロらしからぬ悲しい声だった。
聞いている私まで胸が締め付けられ、悲しくなる声だった。

それでも今はただ、彼の背に腕を回し優しく撫でてあやし続ける。
泣きやんで貰おう…なんて考える間もなく、ネロを抱きしめてた。

決して弱くないネロがこうまでなっている理由は絶対に私だから。

だから理由も聞かなかった。
聞いてもネロの苦しみが増すだけと分かりきっていたから。
だから謝らなかった。
謝ってしまったらネロはまた苦しみを耐えようとしてしまうから。

「ネロだけで我慢しないで。
 私がいるの…、ネロには…私がいるんだよ。」

いつかのネロの言葉を借りてそんなことを言った私だけれど…
今はただ、ネロがこうして頼りにしてくれる限り
ネロが安らぐ居場所でありたいと心の底から願うしかなかった。
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