憧憬と見上げる空
□崩れかけの信頼
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「…、ーーーっ!!……逢夏!!」
「!
ネ、ロ…?お…はよう…。」
霞がかる頭の中に届いた声に目を開けた。
部屋を埋め尽くす様な明るさに思わず、目を眇めていると朧な景色の中で首を振るネロの不安げな表情が見えた。
「おはようじゃない、まだ午前1時、深夜だ。
どうした?変な夢でも見たか?」
「変な、夢…?」
「あぁ。
ずっと俺の名前を呼んで…、うなされてた。」
呼んでいた?ネロを?
必死に思いだそうとしたけれど、上手く思いだせなかった。
眠っていた時は『またこの夢か…』なんて、思っていた様な気がするのに。
「ごめんね…、覚えてない。」
「そうか、…覚えてないならいい。
眠れるか?」
「うん、大丈夫。
…眠たいから。」
「だったら…いい。」
ゆっくりと浮かべた優しい微笑みと一緒に、一度私の頬に触れかけた大きな手のひら。
でも、それは触れずに離れる。
苦しそうで悲しそうな表情と共に。
「どうしたの?
なにか、…あった?」
「いや、何でもない。
あのさ……俺、下で寝るから。」
「…え?」
理由を聞く前にネロは立ち上がった。
まるで何も聞くなと言う様に素早く背を向け、一歩、ドアに足を運ぶ。
けど私は…気付くと裾に手を伸ばし掴んでた。
「まって。
いかないで、一人に…しないで。」
頭の隅に奔った光景は、眠る前の血が滲んだネロの手。
これ以上はいけないと分かっているはずが口走ってしまった自分勝手な言葉。
でも…ネロは私の言葉を聞くとベッドの端に腰掛け、部屋を出ていこうとするのを止めてくれた。
さっきは触れずに戻した左の手のひらで私の頬を包むと、静かに口を開いた。
「…俺の所為なんだ。」
「……ネロ、の?」
「逢夏がうなされているのは、俺の所為なんだ。
シャティに聞いた。
俺がいない時にこうはならない、決まって俺のいる時だって。」
どんな夢を見ているのか、逢夏が覚えていないのなら確かめる術はない。
だけど、夢を見ている逢夏は必ず俺の名前を必死に叫ぶ、…だとすれば、間違いではないはず。
「だから、…少しだけ、ほんの少しだけ距離を置こうと思うんだ。」
「…そんな…、違う、そんなことない!
だって…、ネロが側にいてくれなきゃ…私っ…!」
続きは、…言わせてはもらえなかった。
優しい笑みを浮かべたネロは私の頬をそっと指先で撫でて、今度こそ部屋を出ていってしまう。
一人ぼっちの部屋。
寂しくて…悲しくて…
「ネ…、ロ。
やだよ、…一緒に…、いてよ…。
ネロ…、ネロっ…。」
声を殺さずに泣いた。
気付いてくれればいいと思いながら、子どものように声をあげて泣き続けた。
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「いいのか?」
「…仕方ないだろ。
今は…離れるしかない。」
ソファに横になって見上げた天井、このすぐ上で逢夏が1人で泣いている。
本当ならすぐに駆けつけてやりたかった。
でも…
「嫌な予感がするんだ。」
「…詳細にはわかるか?」
「いや…、でも…これ以上あの夢は見せるべきじゃない、夢を思い出させるべきじゃないって…。」
あと…
「もし夢を現実の中で思い出してしまったら…」
逢夏が俺の前から消えてしまう予感があった。
離れられないはずなのに
そんなこと、あり得るはずがないのに
思い出せば絶対にそうなると予感が断末魔の様な声をあげて警告してくる。
今も頭の中を駆け巡る警告。
耳を塞ぎ聞こえないふりをすることも、あり得ないと切り捨てる言葉を見つけることも、受け止めることもできないまま
ただ警告に耳を貸すことしかできなかった…
そんな時だった。
ピクリとシャティの白い耳が僅かに動く。
電話が鳴っている。
「こんな時間に電話?」
「非常識な…とは言わぬ方が良いかもしれぬな。」
「だろうな。」
相手は分かっていた。
こんな時間に電話を寄越す者など知っている者の中で1人しかいない。
受話器をとり、耳に口元にと当て、とにかく今は…と出来るだけ平常に振る舞う様に務めた。
「おい、ダンテ。
時計の見方と朝と夜の区別の仕方を教えてやろうか?」
『いーや、遠慮しとくぜ。
それより、今すぐ出られるか?
お前の所からだとバイクで30分程度の場所だ。』
「まずは何の用か言えよ。
こっちだって暇じゃない。」
『こっちだって暇潰しで呼んでる訳じゃない。
用を言おうにも説明するより見た方が早いだろ?』
まともに取り合おうとしないダンテは口早に住所を言うと受話器を下ろした。
つーっ、つーっ…と悲しげな響きを聴き入ること数秒。
「…行ってくる。
逢夏は頼んだ。」
「あぁ。」
頷いたシャティが二階に上がるのを見届けて、すぐさまレッドクイーンに手を伸ばした。