My treasure

□君のために
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人は怒るのに、物凄く体力を使うら
しい。
大事だから許せないのだという。
怒りと同じだけ、愛情もあるのだと
いう。
だから怒られるうちが華なのだとい
う。

大切な体力と時間を、自分の為に使
ってくれる。
存在を、許されている。

それが解るから
いくら怒られても
オレは嬉しかった。





「アップ終わったねー!じゃー三橋
君と阿部君はブルペン!内野と外野
に別れて練習始めるよ!」

「「「あーっす!!」」」


モモカンの掛け声で、いつも通りの
夕練の始まった。
いつも通り、何の変哲もない、日常
そのもの。


「1球!」


バシッと爽快な音を立てて阿倍のミ
ットに納まった三橋の投球。
これもいつもと何ら変わりない光景
である。


「2球!」


立て続けに投球を行う三橋。
しかし、阿部からの返球がいつもよ
り遅い。
阿部はじっ、と三橋を見ると、よう
やくボールを返した。


「3球!!」


どうも先程より怒気の含まれた掛け
声。
阿部の違和感を察したのか三橋は一
瞬ビクっとするものの、またワイン
ドアップから投球に入る。
そうして三橋から放たれたボールは
、綺麗な孤を描き、阿部のミットに
納まった。
しかし、阿部が動かない。
三橋は何か心当たりでもあるのか、
阿部の殺気に近いオーラを感じて逃
走体勢に入った。
だが、そんな事を阿部が許す訳もな
い。
阿部は立ち上がり、三橋に近付いて
来る。
どす、どす、と聞こえそうな足音で



「…解ってんな?」


三橋の元に辿り着いた阿部は開口一
番そう言った。
対して、三橋はやはり心当たりがあ
るようで、血の気の引いた顔でキョ
ドキョドしている。


「疲れてんのか?」


三橋はブルブルと首を横に振った。


「じゃあ指見せてみろ」


ドスの利いた低音で三橋にトドメを
刺す。
観念した三橋は恐る恐る右手を差し
出すが、特段おかしい所はない。
しかし、阿部は三橋をひと睨みする
と質問を続ける。



「転んだりしたか」

「しっ、して ない よっ!」

「じゃあ今日の授業に体育あったか


「……っ!」

「競技は」

「バ、バスケ…」

「パス、もらったな」

「…ハイ…」

「ミスったな」

「…………ハイ」


阿部の尋問によって、三橋の不調の
理由が明らかになった。
そこまで聞いた所で、阿部は大きく
息を吸い込んだ。
そして




「なんで早く言わねんだこのダアホ
!!!!」




阿部の怒声は、グラウンド中に響い
た。
木に止まっていた鳥達が、逃げ出す
ほどの声量で。


「あーあ…やっぱバレたか」

「えっ、なに?」


その時、外野でノックをしていた泉
が呟いた一言に、水谷が反応した。


「今日の体育バスケでさ。パスもら
うの失敗して軽く付き指したんだよ


「ええっ!?」

「つってもホントに軽いモンだった
し、ちゃんと保健室行って手当てし
てもらったし、保険の先生もヘーキ
だっつってたんだぞ。大体1時間目
だったし」


泉から阿部の怒声の理由を聞き、一
瞬慌てる外野陣。
しかし、突き指自体は大した事はな
いと聞いて内心ホッとした。


「でも阿部がウルセーから一応話し
とけって言ったんだけどなー。やっ
ぱ言わなかったんだな」

「まぁ…言うのに勇気は要るよね」

「しかも『突き指しました』なんて
報告…レベル1で魔王に挑むよりコ
エーよ」

「…気持ちは解る。解るが泉」

「んあ?」


花井が拳を握り締める。
泉は振り向いたと同時に脳天に衝撃
を覚えた。


「ってぇ!!」

「何でオレにも言わねんだ!!監督
にも報告するべきだろーが!!」

「悪かったよ!忘れてたんだ!」


どんな小さな怪我でも、怪我は怪我

それも投手の突き指とあっては一大
事だ。
この一連の流れは、無論内野陣でも
行われていた。

そして怯える三橋をベンチまで引き
ずって来た阿部は、篠岡に救急箱を
出してもらい、念の為もう1度中指
を固定する。
しかし、突き指してから時間は経っ
ているし手当ても早かった為、放っ
ておいても翌日には完治している程
度のものだったが、阿部と監督の判
断で今日の三橋の投球練習は無しと
なった。
テーピングを終えた阿部は三橋をひ
と睨みすると、また野太い声で話し
始める。


「オレ言わなかったか?」

「ご、ごめん なさい…」

「バレーはアンダー以外やるな。バ
スケは極力パスをもらうな」

「い われ…ましタ…」


ベンチに正座し、俯いて答える三橋

阿部はハア、と大きな溜息を吐いた
後、頭をガシガシ掻いて続ける。
体育なのだから、多少は仕方ない部
分はある。
しかも三橋の性格だ。
クラスメイトに説明も主張も出来は
しないだろう。
そこで協力者が必要になる訳だが。


「浜田達に協力してもらわなかった
のか?」

「オ レ、ちゃんと頼んだよ!」

「パス出さないでくれって?」

「う ん…でも」

「?」

「松本くん…あ、クラス メイトの、
で、パス…田島くん達、はチーム 別
で…ハマちゃん と」


あたふたキョロキョロしながら、拙
い言葉で必死に事情を説明する三橋。
10秒で終わる話にたっぷり5分使い
、何とか説明を終えた。
まとめるとこういう事らしい。
田島と泉は別チームで、三橋は浜田
と同じチームで組んだ。
始めは浜田が動けない三橋の分まで
頑張っていてくれたらしいのだが、
そこで同じチームの松本くんから苦
情が入った。
三橋も動け、と。

まぁ当然である。
部活に支障が出て困るのは何も野球
部だけではないのだし、クラス活動
に協力的でない姿勢について文句が
出るのは避けられない。
実際浜田も必死にフォローしてくれ
ていたのだが、あまりに申し訳なく
なった三橋は言ってしまった。
オレ、やるよ、と。
指、気付けるよ、と。

結果、これである。

阿部は頭を抱えた。
正直突き指など本人が気を付けてい
れば起きない怪我である。
100%とは言い難いが、三橋の過失だ
ろう。
そこに思い至った所で、阿部はもう
1度怒鳴ってしまいたい衝動に駆ら
れた。

あれほど気を付けろと言ったのに。
我ながらうるさいと思ってしまうほ
ど口を酸っぱくして言い聞かせてい
たのに。

しかし、阿部は抑えた。

落ち着け、落ち着け。
この程度の突き指なら放っといても
明日には治る。
これ以上ビビらせたら今日の練習も
ままならない。
耐えろ、オレ。

阿部は心の中で何度も台詞を反復し
、怒りを無理矢理落ち着かせた。
そして大きめにゆっくり深呼吸する
と、


「…解った。もう二度と同じ事やん
なよ」


出来る限り、普通の声で。
阿部は言葉を吐き出した。
三橋は阿部の台詞を聞くと一気に緊
張がほぐれたのか、強張っていた肩
の力を抜き、元気良く『うんっ!』
と返事をした。





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