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□誰か独り欠けても世界はきっとかわらない
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優しい理由。

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誰か独り欠けても
世界はきっとかわらない










 その瑠璃色の瞳は、誰も彼もを遠ざけているかのように虚ろな時があり、そのくせ誰も彼もに平等の優しさを与えているかのように濁りなく光り輝く。誰にでも等しく優しい。苦手なモノには近寄らず、苦手なモノを過剰に傷つけることもせず、彼の近くにあるモノには過不足なく優しい。



 「お前、嫌いなモノってあるの?」


 「嫌いなモノですか?ピーマンですかねー。苦いですよね、ピーマンって」


 おや、珍しい。即答だ。『そうか?』と言いながら肩を竦め、覗き窓からプーチンを見遣れば、ベッドに腰掛けのんびりとこちらを見るとはなしに見ていた。


 「じゃあ、嫌いな人間は?」




 「………はい?」



 「だから、お前の嫌いな相手?」



 「……特別嫌い、と思うような相手なんていませんけど?」


カンシュコフさん、知ってて言っているでしょう、という顔をしている。何時もとちょっとだけ表情が違う。


 「あぁ、それは知ってる。けどさ、お前だって『コイツ苦手だなぁ』って思うことくらいあんだろ?」


 そう畳み掛けるように聞いたのは好奇心からか。



 「そんなことありませんよ。でも急にどうしたんですか、カンシュコフさん?」

 そんなこと聞いて。そう言って首を傾げ、柔和に笑う。緩やかなカーブを描く顎。柔らかく綻ぶ唇のライン。それはきっと彼の防御壁。完璧過ぎていっそ美しいくらいだ。瞳の色は、何かを語り落としてくれようとしているのに、何故か誰にでも優しいいつものアノ色。



 嘘っぽい、虚ろな瞳。


 気がついたのはいつだろう?何をされても、何を言われても笑みを絶やさないコイツの瑠璃色の瞳を嘘くさいと思うようになったのは。だから聞いてみたくなった。『どうしてそうなのか?』と。



 「他意はねぇよ。悪かったな、変なこと聞いて」



 「いぇ、気にしてませんから。でも、僕もカンシュコフさんが考えてたようなこと思ってたんですよ」


 と、苦笑いを一つ零し、プーチンはゆっくり話しはじめた。



 「昔は、結局ひとりきりになってしまった時に、ひとりきりで生きられるようにならなきゃいけない、って思ってんです」


 「あぁ」


 「裏切ったり裏切られたり、傷付いたり傷つけたりするのが嫌なんです。ひとりならひとりでもいい。結局ひとりになるんなら…」


 「そうは言っても、お前の周りにはいっぱい友達がいるじゃないか」


 例えば、そこにいるオカマひよこだとか、蛙だとか、今ここにいないあの凶暴な死刑囚とか。


 ひとりきりになる心配なんて、お前がする必要はないだろう、と顔を向ければ静かに微笑みを浮かべ言葉を続ける。


 「それは僕が、周りの人間を嫌わないから、嫌われたくないから、それ相応の態度で僕が振る舞うから。だから皆、僕の近くにいてもいいと思うんですよ」


 自分に仇なす者でなければ、大抵の人間はあからさまな憎悪を向けたりしない。


 「…周りのみんなに、僕は優しくあるように見えてますか?」



 顔を上げて真っ直ぐとコチラを見つめるその瑠璃色の瞳は、やはりどこか虚ろでそして優しい。



 「…見える」




 俺の答えは、きっとコイツを傷つけるだろうことはわかっていた。けれど、そう言うしか他はない。だってお前は、優しいじゃないか。プーチンの瑠璃色の瞳だけがこちらを見通した。薄氷のように、光彩がキラキラとしいている。優しく見えると言った俺の心を、残念がっているみたいに。


 「カンシュコフさんがそう感じてるんなら、多分、僕の周りも多かれ少なかれそう感じてるんでしょうね」


 だってお前は、優しいじゃないか。


 その言葉が、どうしても出てこない。本当のことなのに、お前がその答えを欲しがらないから。だから言ってやれない。ぎぎぃっとベッドが軋んだ。プーチンはコマネチを撫でながら、言葉を落とす。



 「きっとね?誰にでも優しくしてるように見える人間のことは、誰も一番には想ってなんてくれない」


 「そんなこと…、」


 「そういうふうに振る舞ってまう僕は、きっと誰の心にも留まらない…」




 キラキラと光を湛える双眸は、泣き出すこともなく、侮蔑することもなくただ、自分をそう評価しそこに在る。多くの者に等しく優しい男の瞳は、彼自身を見据える時に限って酷なことをする。誰の心にも留まらない、と。哀しい言葉を、美しい瞳が許容する。



 あぁ、なんてお前の世界は寂しいんだ。



 「お前は、誰か一番に想う相手はいないのか?」




 「僕は…誰かの邪魔をしてまで傍にいたいとは思わない。誰かの考えを変えてまで一緒にいようとは思わない。僕は僕で、誰かは誰か。僕は誰かにはなれない。そんな誰かの時間や労力を奪ってまで一番になんてなりたくないですから」


















 寂し気な声音に言葉も出ない。だだ、今にも崩れ落ちそうな象牙の塔に立ち、お前は何を見ているのだろうか、そう思った。



 こんなにも近くに、お前を一等に愛している人間が存在るというのに、その虚ろで優しい瞳にはやはり何も映らないのだろう。






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 誰にも嫌われたくないから誰とも平等に付き合う。裏切られる傷みをを知っているから一番をつくらない。だって人はいつか死んでしまうから。置いていかれるくらいなら初めから独りでいい。傷つくのも傷つけるのも嫌だ。そんなプーのお話。

 暗くなってサーセーン。思考がロウギアに入ってしまった…orz



2011/07/17



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